仲直り

(ほんとにもう・・・・何て可愛いんだ。)

案の定、沙也を追いかけて寝室に入ると、彼女は頭まで毛布をかぶり、泣いている様子。

こんな時に不謹慎だとは思いながらも、彼女を愛しく思う気持ちを抑えきれずに、俺は毛布の上から沙也を優しく撫でた。

「ごめんな、いつもいつも。電話の事も、ほんとに気がつかなかったんだ。反省してます。今度からは、気をつけるから・・・・だから、な?もう、機嫌なおしてくれないか?」

毛布の中に潜ったままの沙也からは、返事は無い。

だが、嗚咽が徐々におさまってきている事に力を得て、俺は続けて喋りかける。

「でも・・・・なぁ、沙也。本当は、分かってくれてるんだろ?俺が、沙也の事も仕事も、両方大切に想ってるって事。俺だって、これでも沙也の不満はわかっているつもりだ。いつも、悪いなって思ってる。君の優しさに、甘えてばかりだし。でも、これだけは、信じて欲しい。俺は、沙也の事を誰よりも大切にしたいって思っているし、幸せにしたいって思ってる。だから、な。これからもずっと、側にいさせて欲しいんだ。だって、俺の帰る所は、たった1つだけなんだから。」

相変わらず、沙也からの返事は無い。

それでも、いつの間にか嗚咽は完全に止まっていた。

頭を撫でる手を止め、覆っている毛布をめくってみると、中から現れたのは、まだ涙の乾ききっていない、沙也のふくれっ面。

決して目を合わせようとしない沙也の頬に不意打ちのキスを1つ落とし、俺はそっと、沙也の隣に体を潜り込ませた。

「やっ・・・・!」

くすぐったそうに身を捩らせながら、抗議の声を上げる沙也に構わず、やんわりと体を抱きしめて、背後からキスの雨を降らせる。

1つ1つに、反省をこめて。

1つ1つに、愛情をこめて。

そして。

1つ1つに、感謝をこめて。

言葉では伝えきれない。

態度では表しきれない。

不器用さを1つずつ、埋めてゆくように。

「もうっ・・・・!」

ようやくのことで俺の腕から逃れた沙也は、正面から俺と向かい合った。

軽く睨み付けてはいるものの、ほんのりと紅潮した沙也の頬に浮かんでいたのは、照れ隠しの微笑。

(あぁ・・・・許してくれたんだな。)

「沙也・・・・」

沙也の笑顔に、俺の心にもようやく平穏が戻る。

腕を伸ばして沙也の体を抱き寄せ、俺は耳元で囁いた。

「今日はほんとうにごめんな。それから、いつも、ありがとう。」

胸の中で、沙也の頭が小さく頷く。

「愛してる、沙也。」

わたしも、と。

小さく呟き、沙也は瞳を閉じて俺の胸に体を預けた。


(本当なら、このまま2人で昼までのんびりする予定だったんだけどな・・・・)

溜息をつきながらも、沙也の寝顔を見つめる俺の心は、軽い。

(ま、仕方ないか、仕事だし。それに、沙也はちゃんと俺の事を待っていてくれるんだから。今日も頑張らないとな!)

未だ微睡みに身を委ねている可愛い新妻の寝顔に頬を緩め、額にふりかかる髪をそっとかき上げてキスひとつ。

俺は静かに寝室を出た。

帰る場所があるから。待っていてくれる人がいるから。

仕事にも安心して打ち込める。

そんな、恵まれた環境にいる自分を、幸せだと、俺は今更ながらに改めて思った。

(今度の休みには、2人でどこかへ出かけような、沙也。どこでも好きな所に、連れて行くから。その為にも・・・・絶対、仕事が入らないようにしておかなければ。)

寝室を出た先の部屋には、食べっぱなしの料理の皿が乗ったままのテーブルと、床に落としたままのバラの花束。

(・・・これは、後かたづけが大変だ。ごめんな、沙也。何の手伝いもしないで。)

せめてこれくらいはと、腰を屈めて花束を拾い上げた俺は、小さな驚きに目を見開いた。

もうすっかり萎れてしまっているだろうとばかり思っていたバラの花が、窓から差し込む朝日を浴びて、鮮やかな真紅を浮き上がらせていたのだ。

(俺も、負けてはいられないな。)

適当な花瓶に花を移し。

よしっ。

と、気合いを1つ。

会社へと向かう俺の足取りは、飛んでいるかのように軽やかだった。

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となりでねむらせて 平 遊 @taira_yuu

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