聖剣士は死者王を屠れない

戸松秋茄子

本編

 死者王の居城に乗り込む前日、宿の酒場で仲間たちで議論になった。


 議題はずばり、死者王だ。


 世界を恐怖に陥れる死者の軍勢の首魁、死者王。


 それは果たしてどのような存在なのか、と。


『……ローブを被った、魔術師風の老人』と重剣士のグランツ。


『案外、ロリかもしんねーぜ。傲岸不遜でクソ生意気なガキだ』と弓使いのナダル。


『頭に角を生やした眉目秀麗な優男っていうのはどうだい』と拳闘士のロゼ。


『さあ、髑髏とか?』と聖剣士のアルビス。


 僕と妹ララは兎のシチューを分け合いながら、その議論を聞くともなしに聞いていた。


『なあ、双子ちゃんはどう思うよ』と、ナダルが絡んできた。


『なんでもいい』と、ララ。


『なんであれ、殺すだけ』と、僕。


『それはそうだけどね』とアルビスは困ったように笑った。『でも、本当についてくるのかい。明日はいままでにも増して危険な戦いになるよ』


 僕とララは今年で十四になる。パーティーの中では最年少で、だからだろうか、彼らは僕らを弟妹のように扱った。


『関係ない』


『僕たちは死者王を殺す』


『頼もしいじゃないか、え?』とロゼ。『いつまで経ってもヘラヘラしてる聖剣士サマなんかよりよっぽど頼りになる』


 どっと笑いが広がる。ララも表情を綻ばせるのがわかった。


 この人たちと旅をするようになって、ララは少し変わった。怒ったり笑ったり、といった表情を見せるようになったのだ。それは双子の兄である僕にしか感じ取れないような、些細な変化だったかもしれないけど、僕の胸をざわめかせるには十分だった。


『どうしたの、お兄ちゃん』とララ。


 君のことで仲間たちに嫉妬しているのさ、とは言えなかった。仲間たちのことは、嫌いではない。たぶん、そうだ。


 客観的に見て、彼らはいい人だったのだと思う。僕もララほどではないが、彼らに愛着を覚えはじめていたのだ。


 死んでほしくない、と思う程度には。




「お兄ちゃん!」ララは泣きながら叫んだ。「みんな、みんな死んじゃったよ!」


「わかってる!」


「ねえ、どうして」ララはさっきからそればかり繰り返している。そうしている間にも、死者どもが臭い息を吐きながら行き手を遮ってくる。僕はそいつらを長剣で薙ぎ払いながら、城の出口を目指しているのだった。


「どうして、みんな死んだの! どうして、わたしたちは生きてるの!」


 


 僕らの故郷を死者の軍勢が襲ったのは、七年前のことだった。


 それはさながら大きな波だった。


 たまたま薬草の採集で森に入っていた僕らが村に戻ると、そこにはもういかな命も存在していなかった。


 そう、一瞬で理解させられた。


 みんな死んでいた。母さん、じいちゃん、村長、いけすかないいじめっ子たち、犬、猫、みんな死んでいた。命を根こそぎ奪われていた。


 後に聞いたところによると、死者の軍勢はこうして突発的に現れては短時間で命を奪っていくらしい。そして、波が引くようにさっと去っていく。


 僕らのような生存例も、よくある話らしい。そんなよくある話のひとつにすぎなかった僕たちだが、たまたまある町で聖剣士の一行と出会った。


『君たちはなんで、旅を?』アルビスは言った。


 僕とララは顔を見合わせた。いままで何のために旅をするのか、など考えたことはなかったからだ。僕らはただ、食べ物と宿を求めて、町を転々としていただけだった。その過程で獣の狩り方や、死者との戦い方、魔術の使い方、悪い人間とそうでない人間、あるいは騙しやすい人間とそうでない人間の見分け方を覚えた。


 目の前の青年がそのどちらであるかは明確だった。


『死者王を』とララが。


『殺すため』と僕が答えた。


 アルビスはそれ以上のことを尋ねなかった。何かを悟ったように「そうか」と呟き、僕らの肩に手を置いたのだった。


『それなら、手伝わせてくれないか』そう、にっこりと微笑んで。


 彼らを襲おうとした罪は、それで不問とされた。




 死者王の居城は、これまで以上に強力な死者たちによって守られていた。


 ロゼとアルビスが敵に切り込み、ここぞというところでグランツが重剣の一撃を見舞う。ナダルは後方から弓で支援し、僕らは魔法による支援と攻撃、そして場合によっては術を行使する片割れの防衛に回った。


 居城は地下を含め七階層になっていた。途中で落とし穴に落ちたり、天井が崩れ落ちたりして行く手を阻まれたけど、日没を迎えるまでには最上階までたどり着いた。


 死者王が鎮座すると思しき、階層に。


 そこは大きな広間になっていた。その奥には大きな鉄製の扉。錆が浮いたその扉の前に、一ダースほどの部下を従えた死者が控えていた。


『はじめまして』とその死者は言った。『私は王の間の護衛を司るキルケゴールと申します』


『死者が自己紹介かよ』と、ナダルが弓を構える。他の仲間たちも臨戦態勢に入った。


『我々にことを構えるつもりはございません』


『あん?』とロゼ。


『あなたがたは思い上がりをされているのです。死者王を殺せるなど、ね』


『……だから、ここで退けと?』とグランツ。


『信じがたいかもしれませんが――』キルケゴールは言った。『我々も好き好んで命を刈り取っているわけではないのですよ』


『誰が信じるかよ! あたしの兄貴はお前らに殺された!』


『当然そうした事例は出てくるでしょう。禍根を残さぬように、集落を襲うときは生き残りを出さないよう命じてはいるのですがね』キルケゴールはため息をついた。『あなたがたは死者王をどのようなものとお考えです? 実際のところ、は我々にも手に余る代物でしてね。言わば、災厄ですよ。我々にできるのは、あれが膨れ上がって破裂する前に死者の軍勢を解放しガス抜きさせることくらいです』


『はん。俺らがここに来るまでに必死こいて考えたのか? 悪いが、そんな与太話に付き合う義理はねえな』


『やれやれ、私は口下手で困りますよ』キルケゴールはため息をつき、指を鳴らした。背後で控えていた死者どもが僕らを取り囲む。『死者王が解放されれば、世界は死で満ちる。あなた方数人の命ですむなら安いものです』




 みんな、死者王を憎んでいた。お人好しのアルビスでさえ、死者の軍勢による被害を目の当たりにしたときは燃え上がるような怒りを見せる。


 みんな、死者王を殺したかった。だからキルケゴールの申し入れなど話にならなかったのだ。


『ちっ、だいぶ消耗したね』キルケゴールを殺した後、ロゼは言った。


『どうする、大将。少し休むか』と、ナダル。


『そうしたいところだが、その間にまた死者が集まってきたらきりがない』


『……同意』


『だってよ』


『へいへい』


『行こう。決着のときだ』


 アルビスは観音開きの扉に手をかけ、内側に開いた。


 正面の奥に玉座がある。


 空席だ。


『なんだ、なんもいね――』ナダルはそう言いかけて、死んだ。


『え』アルビスは間抜けな声を漏らした。


『な、なんだよ、大将。こっちをそんな目で見て』ナダルは言った。『まるで俺が死にでもしたみてえじゃねえか』


『ナダル、あんた――』


『おい、なんとか言えよ!』ナダルは叫んだ『俺は死んでねえ! そうだろ!』


 アルビスはそれに答える代わりに、ナダルの喉笛を聖剣で貫いた。


『許せ、ナダル』アルビスは剣を抜きながら言った。ナダルの体がその場に崩れ落ち、動かなくなった。


『アルビス! いったい、何を――』と、ロゼ。


『そうか、そうだったんだな』アルビスはぼそぼそと言った。『死者王は、僕らが思っているようなものではなかったんだ』


『答えてくれよ、アルビス!』ロゼは半狂乱になって叫んだ。自分が死んでいることにも気づいてなさそうだった。『おかしいだろ、こんなの。何がどうなって――』


 それが最期の言葉だった。グランツの重剣がロゼを頭から真っ二つに切り裂いたのだった。


『アルビス……俺ももう』


 グランツは言った。自分が死んでいることを悟っているようだった。


『何てことだ。これが死者王――』


『……主よ』


 グランツは剣を捨て、自分で自分の首をつかむと力任せに捻った。ゴキッ、と音がしてその場に膝をつき、うつ伏せに倒れる。


『あああああああああああああああ!』


 ララが咆哮する。


『あははははははははは』アルビスが笑い出した。『そうか、これが死か! みんな、みんな死ぬんだな!』


 ララの咆哮は続く。


『静かだ。とても静かだ』アルビスは右目から涙を流した。『ああ、母さん。ありがとう。ありがとう』


 見ていられなかった。僕は長剣を構えるといつかのようにアルビスに飛びかかり、後ろから首をはねた。




 みんな死んだ。


 僕とララ以外はみんな死んだのだ。


 あれから、もうどれだけ走り続けたかわからない。城はとうに抜け、昨夜寝泊まりした町に入っていた。


 死者はまだ行く手に立ちはだかってくる。僕はそいつらを一体一体切り裂き、道を切り開いていった。


「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」


 いったい、いつからだろう。ララが嗄れた声で叫んでいた。


「なんで! なんで殺すの! お兄ちゃんが殺してるのは、町の人たちじゃない!」


「でも死者だ」僕は逃げ遅れた女の死者を後ろから突き殺した。「そうだろ。あの日だってそうだ。みんな死んでいた。死者だった。だから二人で殺して回った。母さんもじいちゃんも村長さんも、いじめっ子も、犬も、猫も。みんな死んでたから、みんな殺した」


「違う!」


「違わないさ」


 そこで子供が二人、目についた。兄弟だろうか。女の子の方が男の子を守るようにして抱き抱えている。歯を食いしばってガタガタ言わせながら、身動きのひとつもできず、僕を見つめている。


「やめて!」


 僕は幼い死者を二人まとめて切り殺した。


「いやあああああああああああああああ!」


「世界は終わる」僕は言った。「だけど、そのときまで僕らは一緒だ。ねえ、ララ。ずっと一緒にいよう。二人きりで、世界の終わりを迎えよう」


 僕はララの細い体を抱き締めた。ところがララの咆哮はますます大きくなり、僕は少しだけ、うるさいなと思った。

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