パンデミック パニック
静寂
ホラー
「おーい、山。ここ、電波入んねぇだけど?」
「あーん?まじで?叔父さん、ちゃんと携帯使えるって言ってたけど……」
クラスのリーダー格だった山本くんが顔を顰めながら答えている。
高校の時のクラス会をしようと連絡が来たのは、1ヶ月ほど前のことだ。
2泊3日で、山本くんの叔父さんが持っていると言う、港から小さい船で、小一時間ほどの島にある別荘に来ている。
私は当初、世の中が新型のウィルスで、パンデミックに陥っている状況を考えて、参加を悩んだ。
けれど、緊急事態宣言も解かれて数ヶ月、仲の良かった友達の言葉もあって参加を決めた。
他のメンバーもそうなのだろう。思っていたよりも人数は集まっているようだ。
ただ、彼の姿は見えなかった。
「おっかしいなぁ?前に遊びに来た時は電波入ったんだけど……」
山本くんは、自分のスマホの画面を見ながら、しきりに首を傾げている。
「まぁ、ここん家、電話引いてんだろ?最悪なんかあれば、電話使えばいいんじゃないの?」
山本くんの叔父様は、総合病院を経営していて、結構羽振りが良いようだ。
この別荘も、島の集落の反対側にある土地を広範囲で買ってログハウス風に建ててある。
「ねぇ、それよりさ、さっさと料理作る準備しないと。バーベキューだけじゃ足らないよね?」
大ぶりなピアスをつけて、流行りの洋服を身に纏った知子が、奥のキッチンから声をかけてくる。
「あっ、じゃあお米研いで炊くね。
山本くん、あるもの使っても構わないかな?」
着ていた羽織り物を脱ぐと、キッチンの方に足を向ける。
「うん。適当に使って。俺ら、バーベキューの準備しとくわ」
そう言って、数人の男子達は、外のテラスに出て行った。
今年で、大学も最終学年。後数ヶ月すれば、皆それぞれ決まった企業で社会人としての生活を始める。
昨年末から、新型ウィルスで世の中が大騒ぎになって、大変な大学生活と就職活動だった。だから、今までの溜まっていたストレスを吐き出すように、皆な騒いだ。
翌日は、お昼前まで寝ていた。当然だ。朝方まで騒いでいたんだから。
喉が渇いて、水を飲もうとキッチンでグラスを取った時だった。
“キャー、キャー、キャー“
外から、断続的に叫び声が聞こえる。誰だろう?二日酔い気味の頭に響いて、眉を顰める。
ドアが勢いよく開いて、叫んでいた人物が飛び込んできた。知子だ。
「太田君が、ケガ……足から、血が出てて……」
「「「え?!」」」
それを聞いて、既に起き出していた、何人かの男子が外に飛び出していった。
どうも、砂浜を散歩していたら、割れたガラス片で切ったらしい。
結構ザックリ切れていて、青い顔をしている。
一先ず、傷口を洗って、止血をし、救急箱からガーゼや包帯を出してきて、応急処置をする。太田君は、青い顔のままソファに倒れ込んでいる。
そこへ、山本君が困った顔をしてやってきた。
「電話が繋がらない。てか、発信音も聞こえないんだ」
「お前、ちゃんとコードが繋がってるか確認した?」
「したさ!ちゃんとコードも繋がってるし、電話機は、ここに着いたときに携帯が使えないから、叔父さんに電話したんだ。その時は、問題なく使えた」
眉間に深く皺を寄せたまま山本君が低い声で話す。
「もしかして、屋外の電話線が切れたとか?」
とりあえず、外を見に行こうと男子が3人ほどで出て行った。
「と、とりあえず、何か食べるもの作ろうか?もう、お昼も過ぎてるし……」
重い空気に耐えられなくなった私は、立ち上がってキッチンに向かった。
昨日、大量に炊いたご飯を冷凍しておいたので、それを温めておにぎりを作る。他の女の子が、お味噌汁を作ってくれる。
それらが出来上がったのに、まだ外に出て行った3人は戻ってこない。心配になってきた頃、ゆっくりとドアが開いて、出かけていた3人が戻ってきた。
「どうだった?」
その問いかけに、暗い表情の3人が俯いたまま首を振る。
「家の外の電話線は、切れてた。だから、電話が繋がらなかったんだ。
後、この近くの携帯電話会社のアンテナは、普通だった。
なんで電波が入らないのかは分からない。
ただここは、島の集落からも離れてるし……」
3人を代表するように、山本君が話す。
「じゃ、じゃあ、その集落の方に行くしかないんじゃない?結構、遠いんだっけ?」
山本君と一緒に出かけていた井上君が、大きく頭を振る。
「俺たちもそう思って、途中の道まで歩いてみたんだよ。
そしたら、…………蛇がいて。しかも、ヤバそうなやつ。俺、詳しくないから、名前が分かんないけど、頭が三角だったからマムシかも。
しかも、うじゃうじゃ、何匹もいるんだよ」
「向こうの集落に行くまでに、噛まれたら、それこそどうにも何ねぇよ」
もう一人が、沈んだ声でボソリと呟く。
「あ、あ、あ、あの……。あ、あ、明日には……船が来るんだよね?」
私の問いかけは、ひどく緊張したせいもあって、治ったと思っていた吃音が出てしまった。それは、酷く私を焦らせたけれど、誰もそのことを指摘しなかった。
高校の頃は、緊張したり、ストレスが溜まっている時などは吃ってしまうことがあった。
そんな、私に揶揄うでも、同情するでも、急かすでもなく、話を聞いてくれた彼のことをふと思い出す。
「うん。昼前には船で迎えに来てくれる事になってる」
山本君の返事を聞いて、皆んな小さく息をついた。
太田君は、怪我のせいで少し熱が出てきているようなので、鎮痛剤を飲んで、ベットで横になっている。
皆んな一先ず、腹ごしらえをして、順番にお風呂に入り、リビングで静かに集まっている。不運が重なってしまって、不安なのだ。
もう、夜も12時を越えようかという時間になって、そろそろ部屋で寝ようと言う空気が漂って来た頃、一斉に皆のスマホが何度も鳴った。
皆、慌てて自分のスマホ画面を開く。
そうして、メッセンジャーアプリに多数の未読メッセージがあるのをみた。
「あれ?電波届き始めた?」
知子が、嬉しそうにアプリのメッセージを確認する。ところが、瞬く間に真っ青になった。
「え?なんか、私に来てるメッセージの内容おかしいんだけど……」
微かに震える声を出した知子に、井上君が一言返す。
「俺も。意味がわかんねぇ」
皆んな、スマホを一心不乱に触り始めるけれど、やはり電波が届かないのか、検索アプリもSNSも使えない。
『ニュースか、インターネット見てる?大変な事になってる』
『新型ウィルスで、ヨーロッパのいくつかの国が、機能しなくなったってニュース見た?』
『心配だから、早く帰ってきなさい』
『日本も、急速に罹患者が出てる』
『電話してちょうだい』
『お兄ちゃんと、お父さんは入院しました』
『どうして、連絡してこないの?』
「なにこれ?怖い……」
何度も、電話をしようと試みるけれど、誰の電話も繋がらない。この別荘には、テレビもないから外部の情報を入手できない。
「私、小さいけど、ラジオ持ってる」
荷物の中に入れてあった小型ラジオを取り出して、アンテナをたてて、チャンネルを合わせようとする。
ザーザー、ガリガリガリ、ピーと、音はするけれどまともに聞こえない。それでも、酷くノイズが乗っているが男の人の声が聞こえてきた。
“全世界を席捲した新型ウィルスは、政府閣僚からも何人もの罹患者が……ザーザー……もはや、我が国の政府は、他のヨーロッパの国々同様、その機能を……ガリガリ……この放送も、今回を最後として放送を……ガリ……ガリガリ…………ザー……ピーーーー“
「やだ、やだ、やだ!!!怖い!!!!いやだ!!!!!」
知子がヒステリックに叫びながら、外に飛び出していく。
「おい、暗いから危ない」
数人が追いかけた。外で、知子の甲高い叫び声が聞こえる。
それを聞いて、何人かが泣き始めた。
「ウォォォォォォ……」
クラスの中でも大人しい方だった佐々木君が、頭を掻きむしりながら外に出て行ってしまう。ところが、彼は、暗がりにいた蛇に噛まれてしまった。
「佐々木、早く傷口洗い流せ!」
井上君が、叫んでいるけど、佐々木君はパニックになって噛まれたところを抑えて転がっているだけだ。
そこからは、皆んなパニックだった。泣き叫んで、闇雲に走り出す者、海に入ろうとする者、泣きながらガタガタ震える者。
阿鼻叫喚だ。
そんな、みんなの様子をみて、私はニヤリと笑った。
パニックの様子を、スマホで録画する。
胸が空く思いだ。
こんな風に、みんなを恐怖に陥れてやりたかった。
高校の時、クラスの過半数に吃音が原因で虐められた。皆んな、からかっていただけなのかもしれない。
けれど、心ない言葉は私を傷つけ、ストレスで喋れなくし、パニック障害を引き起こす事になった。大学には受かったけれど、人と関わるのが怖い私は、友達も作れず、就職も決まっていない。これからは実家に寄生する人生だ。
そんな私の元にやってきたのは、同じくクラスの男の子たちに虐められていた中山君だ。彼は、体育の授業ではボールをぶつけられ、山本君たちには、金を持ってこいと言われていた。自転車を倒されて怪我をした足は、後遺症が残って引きずっている。結局、鬱になって最後は学校に来れなくなった。今彼は、入退院を繰り返している。
二人で、考えたのだ。このやるせ無さや、こころが潰れそうになる絶望感を味わわせてやりたいと。
いつしか、私は、動画を撮りながら、涙を流し、大声で笑っていた。
パンデミック パニック 静寂 @biscuit_mama
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