マブイを喰らう墓
乙島紅
マブイを喰らう墓
間もなく日が暮れる。南国特有の草木が鬱蒼と生い茂る森の中、フクロウや虫たちの合唱をものともしない軽快な声が響いた。
「どうもー。『絶叫トリオ』のターちんでーす」
「ヒロセだよー!」
「るいでっす」
「はい、今日もこの三人でやっていきますけどね、今回は特別! 沖縄バカンスも兼ねて〜〜〜〜現地心霊スポットめぐりをしちゃいまーす!」
ターちんが持つハンディカメラの前でがくがくと震えるヒロセ。ツンと平気そうな表情でパチパチと手を叩くるい。ターちんは最後にカメラを自分に向けると、ブイブイと視聴者に向かってアピールをする。
人気WeTuberのヒロセ・るい・ターちんの三人は、元はホラーゲーム実況で人気が出始めた動画配信者だ。
怖がりでリアクションが派手な「ヒロセ」。
卓越したプレイスキルで淡々とゾンビをいなす「るい」。
兄貴肌で視聴者や他の配信者とのコミュニケーションが上手い「ターちん」。
タイプが違う三人だからこそだろうか、とある番組でコラボしたのをきっかけに仲良くなり、自主的に三人組の動画を配信するようになっていった。そこそこ顔のいいヒロセとるい、そこにトーク力の権化であるターちんが入れば、ただの雑談配信でもたちまち数十万再生を超える。
今ノリにノッている彼らは、さらなる視聴数獲得のためについに心霊スポット実況に手を出すことにした。とはいえ都内の心霊スポットや都市伝説はすでに数々の配信者が手をつけているから、狙うなら地方のまだ動画化されていない場所がいい。そういうわけで彼らははるばる沖縄までやってきたのだ。
「けどさ、なんで沖縄? 東京から近くていわく付きの場所なんて他にもいろいろ候補あったじゃん」
るいがそう言うと、ターちんは「よくぞ聞いてくれました」と嬉しそうに目を輝かせた。
「視聴者さんに地方の怪談でなんか面白いのないか聞いてみたんだよ。そしたら、沖縄では墓に触ったらマブイが抜き取られるってコメントがあってさ」
「マブイ?」
「沖縄方言で魂のことだよ。ネットで調べてみたらそんな言い伝え見つからなかったんだけどさ、それって逆に怪しいじゃんと思って」
「うおおおお……それ以上話すのはやめてくれよ……余計に怖くなるだろ」
「ヒロセ、相変わらず良いびびりっぷりだねー。てなわけで、第一弾は沖縄の墓地で『だるまさんがころんだ』をやるって企画にしてみたんだ」
「いやその企画のセンス! まじで怖いわ! おれ帰って良い!?」
「だめだめー。ちゃんと動画撮らないと、高い旅費の元が取れないだろ」
ターちんとるいに両脇を固められ、逃げられなくなったヒロセ。
木々で覆われていた前方の視界が開け、ちょうど目的地が見えてきた。
それは、彼らがイメージしている墓地とは少し雰囲気が違っていた。
まず、一つ一つの敷地がやたらでかい。それぞれ二畳分はあるだろうか。そこに石造りの小さな屋根付きの家のようなものが建てられている。ファンタジーを舞台にしたゲームとかに出てくる祠みたいな荘厳な雰囲気だ。
「なんだ、思ったより怖い感じしないな」
るいがぼそりと呟く。確かに見慣れない形だからかお墓というよりも遺跡を見ているような感覚だ。
「真っ暗になったら動画も撮りづらいし、早速始めようぜ」
ターちんの号令で早速あらかじめ決めた位置取りにつく。じゃんけんで負けたヒロセが鬼役だ。
ヒロセはおそるおそる墓に近づく。だが、先ほどのターちんの話がよぎってなんとなく触れるのは憚られて、なるべく身が触れないように墓石と距離を保つ。内心、鬼役で良かったと思う。ターちんとるいが勝つには、ヒロセが「だるまさんがころんだ」と言う間に墓石に触れて逃げなければいけないルールだ。
ヒロセは瞼を閉じて二人に背を向けると、恐怖心を抑えながら声を張った。
「だーるまさんが、ころん――ぎゃぁッ!?」
振り向くと同時に悲鳴を上げるヒロセ。
だが、彼の身に何か起こったというわけではない。
とはいえ二人が動くように仕向ける演技にも思えない。
ヒロセの視線を追って、恐る恐る振り向いた二人も思わずハッと息を飲んだ。
彼らの背後に、しわくちゃの腰の曲がった老婆が立っていたのだ。
「やなわらばーよー。マブイかまれんぞぉ」
三人は老婆の言葉にぽかんとする他なかった。彼女が話したのはかなり訛りのきつい沖縄方言のようだ。何を言っているのか聞き取れない。何か文句を言われているらしいことは伝わってくるのだが。
「おばあちゃん、ごめんなー。撮影終わったらすぐ出てくから、な?」
持ち前のコミュ力でターちんがなだめようとする。
だが老婆はターちんを相手にしようともせず、何やらぶつぶつ呟いて森の中へ消えてしまった。
「なんだったんだ、今の……?」
「さぁな。それよりさっさと撮影続けようぜ。日暮れが近い」
「だるまさんがころんだ」を再開する三人。
だが、鬼役のヒロセは先ほどの老婆のことに気を取られてまったく勝負にならなかった。あっという間に二人に近づかれ、二人とも平気で墓に触れて逃げていく。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
元来た道をすたこらと走っていく二人をヒロセは夢中で追いかけた。
だが、それ以来ヒロセは二人に会うことはできなかった。
森の道中にターちんが持っていたはずのカメラが落ちていて、カメラの中には撮影していたはずの映像が一切残っていなかった。
はぐれただけかと思って先にホテルに戻ってみたが、二人は一向に帰ってこず、しばらくして行方不明者として捜索されることになったのであった……。
そして一年後。
心霊実況を辞めて普通のゲーム実況者として暮らしていたヒロセは、とあるニュース記事を見て衝撃を受けた。それこそ、魂が飛び出すくらいに。
それは、沖縄での地方記事だった。
とある七十歳の老婆が双子を授かったらしい。一人は耳にピアス穴のようなものが空いていて、もう一人は腕に刺青のような痣がある。写真を見れば……それはもう、行方不明になった二人にそっくりな赤ちゃんであった。
「まぶやー、まぶやー、うーてぃくーよ……」
あの日老婆がぶつぶつ呟いていた言葉が自然と口から漏れ出る。
魂よ、戻ってこい。
墓は祖先の腹だから。
子宮だから。
引かれやすい魂は還ってしまう。
ヒロセは取り憑かれたように心霊実況をメインに配信している配信者のライブを開き、そのコメント欄に荒々しく文字を打ち込んだ。
沖縄では墓に触れてはいけない。マブイが抜き取られる――と。
〈おわり〉
マブイを喰らう墓 乙島紅 @himawa_ri_e
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