何でおまえが探偵役なんだ?!

久世 空気

第1話

 俺の名前は黒畑ジュン。享年19歳の悲しき元大学生だ。

 死んだのはついさっき。どうやら飲んだコーヒーに毒が入っていたらしい。苦いから分からなかった。

 死んでからしばらくは苦しかったが、今は何も感じない。体と魂が完全に離れて感覚が消えたのかもしれない。ただ幽霊になっていろいろ試して分かったことがある。幽霊は意外とモノに触れて干渉することが出来る。神経を集中したら持ち上げることも出来そうだ。

 ただ気を抜くと通り抜けしてしまう。すごく幽霊っぽいからモノに触れたときより、すり抜けたときの方がテンション上がった。

 自分の姿は半透明で見えている。これも幽霊っぽい。

 だが困ったことに誰にもこのすごさを訴えることが出来ない。幽霊はやっぱり生きている人間には見えないし、声も聞こえないようだ。

「この中に犯人がいる!」

 俺が新米幽霊研修を独自で実施している間に、ペンションの中にいた人が集合していた。

 今、探偵みたいなことを叫んだのは俺の友達の大宇見ユウキ。小学生の時からの付き合いで、昨日から一緒にこのペンションに泊まっている。俺たちは二人とも彼女が欲しいために「夏は海、冬は雪」といかにも出会いと恋が待っていそうな場所を渡り歩いている。

「これ、殺人なの? 自殺じゃなくて?」

「おいっ!」

 自殺推しのこの女性はペンション経営者の一人、葉名谷キョウコ。それを諫めたのは同じくペンション経営者である夫の葉名谷タイチ。二人とも大雪で外に出られなくなった俺たちに話題やカードゲーム、そして、このたび俺が死ぬことになったコーヒーを提供してくれるいい人だ。

「やめてよ。犯人探して何になるの? 私怖い!」

「ねえ、さっきからジュンの声がするの。きっと犯人の名前を私たちに言おうとしているのよ」

 このペンションで友達になった短大生、阿尾崎ミナミと飯田トウコはすでにパニックに陥っていた。ちなみにトウコの霊感は嘘である。誰がコーヒーに毒を仕込んだか知っていたら、そもそもコーヒーなんて飲まないだろう。

「もお眠たい。しらないやつのことなんてどうでも良いし」

「そういう訳にはいかないだろ。このままじゃ怖くて何も飲み食いできない」

 この2人は社会人カップル、市野田ヒナと間川シュンスケ。シュンスケは医者で、俺が毒殺されたと判断してくれた。ヒナはアホなので事態の深刻さを理解できていないようだ。

「まず皆さん、コーヒーが出されたときのことを思い出してください」

 周りの反応をよそにユウキが話を進める。

「キッチンでキョウコさんが入れてくれましたよね」

「え? じゃあキョウコさんが犯人?!」

 早合点するミナミに強面のタイチさんがにらみつけ、場は一瞬凍り付く。しかしユウキは涼しい顔で「違います」とさらりと否定した。

「そんなわかりやすいことしませんよ。そもそも毒が入っているコーヒーはジュンのだけでした」

「私たちは飲んだけどなんともなかったもんね。霊視してもコーヒーメーカーから毒気は感じなかったし」

 と、トウコ。後半が意味が分からないからもう黙っていて欲しい。

「それにカップを運んだのはミナミ、トウコの2人でしたね」

「俺たち男4人はジビエの話で盛り上がったからな」

 そうそう、タイチさんは春になるとジビエ料理を宿泊者に振る舞うらしい。食材となる動物はどうやって手に入れるのか、どうやって料理するのかで盛り上がった。

「男たちはコーヒーカップが手元に来るまでコーヒーに目を向けていない」

「じゃあ、私たちがやったって言うの?!」

 ヒステリックにミナミが叫ぶ。ユウキはそれにも焦らず「違うよ」と一蹴した。

「ミナミとトウコは運んだだけだ。それもお盆を両手で持って。だから毒を盛ったのはその後のテーブルでカップを配ったときと考えられる」

 全員がユウキの言葉に息を飲む。とうとう探偵が犯人を指名するといった空気だ。ただ友人の俺は知っている。ユウキは探偵でもないし探偵小説も読まない。多分コ○ンくらいアニメで見たことあるだろうけど。

「コーヒーを運んだ二人はお盆をおいてすぐにキッチンへお茶菓子を取りに行った。そう、カップを配ったのは一人」

 全員の視線がヒナに注がれる。

「そう、犯人はあなただ!」

 ユウキはビシッとヒナを指さした。

 いや、どや顔してるけど推理でも何でもないよな。状況だよな。状況の整理しただけだよな。何でか皆ユウキの話に飲まれている。ヒナもショックを受けている。

 誰か反論しろ。

「ちょっと待ってください!」

 彼氏らしくシュンスケがヒナをかばう。

「ヒナは昨日はじめてジュンに会ったんだ。殺す理由がないだろう!」

 まったく正論だ。俺だってヒナが犯人だったら理不尽すぎて成仏できない。しかしシュンスケの発言に俺は引っかかった。

「実は二人は初めて会ったんじゃないんですよ。二人は付き合っていたんです!」

 何それ、俺だって知らない。いつの間にか彼女持ちになっていたらしい。・・・・・・そんなわけない。

「どういうことですか?」

「気づきませんでしたか? 二人は同じ地方のゆるキャラのキーホルダーを持っているんです。この地域は俺たちの大学の場所でも、お二人の住んでいる場所とも違いますよね? 二人はこのゆるキャラの地方で出会い、男女の仲になったんです!」

 いや無理がある! 観光地のお土産物! 珍しくもない! と、誰かツッコむと思ったが、それより先にシュンスケがヒナの胸ぐらを掴んだ。

「おい! マジかよクソ女! 二股とかマジありえねぇ!」

 さっきまでの紳士っぷりが嘘のようにシュンスケはぶち切れた。さっきまで自分をかばってくれていた頼もしい彼氏が豹変し、ヒナは鼻水を垂らして泣き出した。

「二股とかあり得ない」

「しかも殺すとか」

「簡単に殺すとか最近の子は」

「よくも私のペンションで」

 誰でも良い、一人くらいヒナの味方をしてやれよ。ユウキの自信に満ちた推理もどきとシュンスケの剣幕に、その場の空気は持っていかれてしまったようだ。

 幽霊である俺は同じ場所にいるが雰囲気に流されなかった。

 さっきまでは死んだショックもあって気づかなかった。俺が殺された理由。俺を殺す理由。そんなもの、心当たりは全くないが、初めて会う人間にそんなモノあるはずがない。

 つまり犯人はこの場で唯一、俺を知っているユウキというわけだ。

 おかしいと思っていた。推理なんてしたことがないユウキが先陣切って事件を解き明かそうとするなんて。真相を解明しようとしてたんじゃない。誰かに罪をなすり付けようとしていたんだ。その標的となったのが、アホそうなヒナだったわけだ。

 最低だな。

 俺を殺した理由は知らないし、どうでもいいが、せめて自分で罪を背負え。

 俺は部屋の電気を消した。

 それだけなのにその場の全員が悲鳴を上げた。パニックになったせいで誰もスイッチを確認しようとしない。その時はじめて知ったが、幽霊だと真っ暗でも人の輪郭は分かるようだ。まあ、分からなくても手探りでユウキを探し当てたが。俺は焦ってうろうろしているユウキを突き飛ばした。

「ぎゃっ!」

 とユウキが叫ぶとその場の恐怖心はさらに膨れ上がった。

「どうした!」と叫んだのはタイチだ。

 ユウキは答えない。答えられない。俺が思いっきり胸に力を込めて押さえているから。これが金縛りの原理かもしれない。

「ぐぅ・・・・・・」

 ユウキはしばらく唸っていたが次第に動かなくなった。そしてやっとスイッチにたどり着いたキョウコが部屋の電気を付けたときには、ユウキはすでに息をしていなかった。ミナミの絶叫が響きわたる。


 その様子を幽霊になったユウキは俺の横で眺めていた。

「おい! よくも殺したな!」

 ユウキの第一声に俺も切れた。

「お前が先に殺してきたんだろ!」

「はぁ? 殺してねぇよ! 何で俺がお前を殺すんだよ!」

「しらねぇよ!」

「犯人はヒナだろ! 俺の推理を見てなかったのか!」

 それを聞いて俺は開いた口が塞がらなかった。

「お前の敵を取ろうとしたのにこれはないだろ! あやまれよ!」

「ちょっと待て、本当にヒナが犯人だと思ってるのか? 俺はヒナと付き合ってないぞ」

 今度はユウキがぽかんとする番だった。

「ヒナのことはここに来るまで知らなかったし、俺はユウキがヒナに罪をなすり付けようとしているのかと・・・・・・」

「・・・・・・ほんと? 本当にヒナと付き合ってない?」

「付き合ってたらナンパ目的にお前と旅行しないだろ」

 そもそもの旅行の目的を思い出したようで、ユウキはうなだれた。

「マジかよ」

「いや、俺も、殺してごめん」

「え、じゃあ、誰が真犯人なんだ?」

 俺たちはユウキの死体を囲んでパニックになっている6人を見た。まさか探偵役が被害者に殺されたとは思うまい。

「いやぁ、さっぱり見当が付かない」

 そうか、と頭を抱えたユウキはハッと顔を上げた。

「この中に犯人がいるの絶対だよな」

「まあ、部外者は入って来れないからな」

「じゃあ、俺を殺した要領で、全員殺せばよくね?」

 俺たちは半透明なお互いの顔を見合わせた。

「どういうこと?」

「だからさ、全員やっちゃえばどっかで犯人を殺せるよな」

「それ、やばくない?」

「やばいかな?」

「でもまあ、俺たちもう死んでるし」

「捕まらないし」

「いっか」

「やるか」


 後日、このペンションからは8つの死体が発見された。

 1体は毒物による中毒死、後の7つは胸部圧迫による窒息死。

 この事件は未解決事件としてオカルト界隈で語り継がれることになるが、決して解決することはないだろう。そう、我々が生者であるうちは。

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