YMN!(KAC2021ホラーorミステリー作品)

タカテン

YMN!!

「ほぉ、呪いの動画ですか」


 感心した素振りを見せた全身黒尽くめ男に、女性はその長い前髪で顔を隠しながらコクンと頷いてみせた。

 

「そう、最後まで見ると死ぬ動画ですの。昔はビデオだったんですけどね。でも今の若い子はビデオなんて知らないでしょう? そもそも今の世の中、何でもインターネットで自由に見られるじゃないですか。ですから私も数年ほど前から活動の場をYoutubeなどの無料動画配信サービスへと切り替えておりますの」

「なるほど、先見の明をお持ちだ」

「おかげさまでビデオの時とは比べ物にならないぐらい忙しくなりましたのよ。もっとも今は皆さん、スマホで見られますでしょう。ですから昔みたいに頭から画面の外へ出ていくことは出来なくなってしまったので、代わりにこう」


 にわかに女性の髪の毛がシュルシュルと纏まっていくと、たちまち一本の細く鋭い矢へと変わった。

 

「これをですね、画面を覗き込んでいる人間の眉間へ突き出してやりますの。脳を貫いて一瞬であの世行きですわ」


 長い前髪に隠されていた端正な顔つきを妖しく綻ばせる女性。

 対して黒尽くめの男性は「ほうほう、素晴らしい。実にスマートですなぁ」と頷くものの、

 

「でもそれではちと物足りないのではありませんかな?」


 全身の闇の中にただ目だけを光らせて反論した。


「あら、やっぱりお分かりになります?」

「勿論ですとも。わたくしどもと違って貴女がたの世界は対象を怖がらせるのも大切な要素のひとつです。それが怖がらせる暇もなく、対象者が何が起きたのかも自覚しないまま殺してしまうのでは物足りないことこの上ないですな」

「そうなんですよ。まぁこれも時代の流れってことなのでしょうかねぇ。寂しいですけれども」


 そう言うと女性は再び髪の毛を元に戻し、もじもじと黒尽くめの男性を前髪越しに見やる。

 

「それでそちらの方はどうなのですか、最近?」

「ははは。わたくしどもは所詮、影の存在ですからなぁ。光の活躍次第ですよ。まぁ最近は『見た目は子供、中身は大人』な名探偵が大ヒットしておりまして。わたくしどももそこそこ美味しい思いをさせていただいておりますよ」

「それはなによりですわ」

「もっともさすがに歴史が長い業界ですからね。ネタ切れの感はどうしてもあります。わたくしどももいかに探偵や読者をあっと言わせるトリックを四六時中考えておりますが、考えれば考えるほどスマートな殺人から遠ざかりますな」


 黒尽くめの男がはぁと深いため息を漏らす。

 

「しかしそれは少々欲張りすぎではありませんか? ミステリーの犯人はいかに探偵や読者を欺くかが腕の見せどころと私も聞いたことがあります。となればやはり仕掛けは多少なりとも大がかりになるでしょうし、スマートさから離れて行くのは必然でしょう?」

「そうは言いますがね、たかが人間ひとりふたり殺すのに、どうして絶海の孤島に行かなくてはいけないのです? 最近はわたくしどもにスポットが当てられることもあるのですが、中にはわざわざ殺人の為に高校生がボートを買ったり、無理目の変装をしたり、嵐の中を窓から外へ出て下の階の窓枠にワイヤーを通したりしてるんですよ。さすがにやる事が多すぎだとは思いませんか?」

「確かに。どうしてそこまでやるのです?」

「まぁ、わたくしどもの世界、外連味も重要ですからなぁ。ただ人を殺すだけでなくそこに謎があり、さらには閉鎖空間に殺人鬼とか、不気味なわらべ歌とか、そんな演出が読者の不安を掻き立てて夢中にさせるのも分かるのですがね……」


 しばし沈黙するふたり。

 そして同時にぽつりと呟いた。

 

「……ああ、もっと人間を怖がらせたいですねぇ」

「……ああ、もっとスマートな殺人をやりたいものですなぁ」


 お互いの言葉に思わず顔を見合わせる。


「あれ? もしかして私たち(ホラーとミステリー)って立場を入れ替えたりしたら上手くいったりするんじゃないでしょうか?」

「ええ。それどころか一度手を組んでみるってのはどうでしょう?」

「あら、ステキ。何かプランがおありですの?」

「そうですな。貴女の呪いの動画でわたくしどもが次々と復讐をしていくというのはいかがですかな? 具体的にはこうです。まずわたくしが復讐する相手と一緒に貴女の動画を見る。ひとりならばスマホで十分ですがふたりなら――特に自宅へ招き入れるぐらい仲の良い間柄ならリビングのテレビで見ることでしょう。これならば貴女はかつてのように画面から出てきて恐怖のうちに相手を殺害出来る」

「いいですわね。人間の恐怖に引き攣る顔が目に浮かぶようですわ」

「勿論、生き残ったわたくしはそのあと探偵にあれやこれやと詮索されるでしょうが、さすがにまさかこんな殺害方法だとは思いますまい。あ、ちなみに画面から出てくる時にテレビ台を傷つけたり、髪の毛が数本落ちてしまうってことはございますかな?」

「それは大丈夫ですわ。ご安心くださいな」

「ははは、パーフェクト。これは久々に世界が震えあがりますな」


 さっきまでのため息が嘘のように、ふたりは朗らかに笑った。

 

「さて。では早速ひと仕事お願い出来ますかな、お嬢さん」

「そうですわね。このステキな完全犯罪計画を知られた以上、生かせておくわけにはいきませんもの」


 女性の髪が再び槍の形となっていく。

 

「どこのどなたかは存じませんが――」


 ごきげんようさようなら。

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