ホラーなのかミステリーなのか、それが問題だ

澤田慎梧

ホラーなのかミステリーなのか、それが問題だ

「これは密室殺人ですよ!」


 探偵がそう言い放った瞬間、窓の外に稲光が走った。折からの暴風雨は、遂に雷雨と化したらしい。

 目の前には無惨な他殺体。館の賓客達は一様に言葉を失い、場に沈黙が落ちる。

 ――だと言うのに。


「センパイセンパイ! これ、ッスかね!?」


 我が後輩であるところの桜坂弥生が、興奮気味に俺の耳元で囁く。密着してるものだから、小柄な割にご立派な双丘が思い切り当たっていて、色々な意味で反応に困る。


「……まだ分からん。暴風雨の夜に孤島の館で密室殺人。状況だけ見れば立派なミステリーだが、という線も考えられる」

「どういうことッスか?」

「以前あったんだよ。本格ミステリーと思わせておいて、実際には『超常現象が原因でした』って小説がな」

「あ~、ミステリーに見せかけたホラーってやつですね! あたしも読んだことあります。じゃあ、ももしかして……?」

「だからまだ分からんって。んなことより、ちょっと離れろ。当たってんぞ」

「あっ」


 ようやく自分が双丘を押し付けていたことに気付き、桜坂がパッと俺から離れる。顔を真っ赤にしているところを見るに、やはり無意識だったらしい。

 俺はやれやれと心の中で呟きつつ、改めて自分達が置かれている状況を思い返した。


 俺達が今いるのは、絶海の孤島「黒猫島」に建てられた洋館「漁火邸」だ。館の主である富豪に賓客として招かれた俺達は、そこで密室殺人に遭遇したわけだが……ぶっちゃけてしまうと、

 ――ここは、中山黄地なかやま おうじという作家が書いた小説「黒猫島の殺人」のなのだ。


 中山黄地は、緻密なトリックを駆使した本格ミステリーと、独特の雰囲気を持つホラーという、異なる二つのジャンルで活躍した作家だった。ベストセラーには程遠いが、マニアックな人気を持つ「知る人ぞ知る」作家だ。

 しかし、彼には裏の顔があった。「現代に生きる魔術師」という顔が。


 彼が得意とした魔術は、やはり「小説」に関わるものだった。なんと、自分が書いた小説の中に人間を取り込んで、物語の登場人物にしてしまう、という信じられないものだ。

 俺だって最初は信じられなかったが、今回も含め、何度か小説の中に取り込まれてきた身としては、もう信じるしかない。本を開いた瞬間、見知らぬ誰かとして別世界にいるのだから、驚くほかない。


 もちろん、中山黄地の作品すべてが人間を取り込むわけではない。彼が自身の血を混ぜたインクで手書きした本だけが、その力を持つ「魔書」となる。

 俺達は、その「魔書」を回収する為に結成された、警察内の組織の一員だ。今回も、とある愛書家のもとから「魔書」を回収しようとやって来たのだが、やられた。

 回収を拒否した愛書家は、俺達に向かって「魔書」を開き……結果として三人とも本の中の世界に取り込まれてしまったのだ。


 ちなみに、その愛書家は今しがた密室殺人の犠牲者となっていた。無茶しやがって……。


 「魔書」の中の世界では、何が起こるか分からない。何せ、本を開いたが最後、中に取り込まれてしまうのだ。中身を知るには、そのまま物語の最後まで付き合うしかない。

 だが、中山黄地の作品は全てミステリーかホラーだ。しかも、人が沢山死ぬ系の。運悪く「犠牲者役」として取り込まれた場合、高確率で死を迎える。


 それを回避するには、自分が死ぬ前に物語の構造を把握し、定められた筋立てを破壊する必要がある。物語を意図的に破綻させるのだ。

 詳しい原理は俺も知らないが、物語が作者の書いた筋書きを大きく外れると、「魔書」に込められた魔術式が崩壊し、取り込まれた人間が解放されるのだ。俺が過去に脱出した方法もそれだった。


 と言っても、滅茶苦茶暴れれば良い、とかいう簡単な話ではない。「登場人物」というガワを着せられている俺達には、思考にある程度バイアスがかかる。

 自分達の好き放題に動いているつもりでも、物語による影響を受けている可能性がある。だからこそ物語全体を貫くようなルールを見付け出し、それ自体を破壊しなければならない。

 ミステリーならば犯人を早々に突き止めて事件を解決する。ホラーならば、原因となる存在を倒したり、はたまた脱出路を早期確保したり、といった具合だ。


 しかし――。


「う~ん。今回はミステリーとホラー、どっちなんスかねぇ?」


 そう。中山黄地はミステリーもホラーも書いている。ミステリーならば理詰めで解決まで辿り着ける可能性が高いが、ホラーはそうはいかない。心霊系なのかゾンビ系なのか、サイコホラーなのかで対応策が変わってくる。最悪、スマートな解決策がない場合もある。

 物語のなるべく早い段階で、どちらなのかを見極め行動指針を定める必要があるのだ。


 俺と桜坂は、改めて登場人物達の反応を見回した。


「犯人はいかなるトリックで密室殺人を行ったのか? それが分かるまで、個人行動をするのは危険です!」

「冗談じゃない! この中に犯人がいるのだろう? 人殺しと同じ部屋にいられるか! 私は自室に帰らせてもらう!」


 目の前では、探偵が一人の登場人物と言い争いをしていた。ミステリーにもホラーにもよくいる「単独行動をして次の犠牲者になる」例か。


「怖いわ、アナタ」

「大丈夫だ、私がついているよ」


 また別のところでは、中年の夫婦が抱きしめあっていたが、よく見ると妻の方は賓客の一人である若い音楽家に熱視線を送っている。

 ホラーならば、妻と音楽家が密会中、化け物に襲われるパターンか? いやいや、ミステリー的に考えれば、妻が不倫中に夫が殺されてアリバイ証言に困るタイプか?

 分からん。


「センパイ……あたしも、ちょっと怖いです」

「桜坂……?」


 俺が一人考え込んでいると、桜坂が再び身を寄せ双丘を押し付けてきた。その瞳は既に潤んでいて、可憐な唇は今にもむしゃぶり付きたくなるような色気を放っていた。

 ――いかん、物語に取り込まれ始めている。俺達が与えられた役割は「富豪の甥とその恋人」だ。ホラーでもミステリーでも、殺人事件をよそに二人でところを殺されるパターンだ。危ない危ない。


「こら桜坂、気をしっかり持て」

「アイタッ!? テテ……すみません、センパイ」


 デコピンを食らわすと、桜坂は早々と正気に戻った。

 ちょっともったいなかった気もするが、命には代えられんし生き延びても後が面倒になるだけなので、これでいい。

 その後も二人で手掛かりを探したが、めぼしいものは見付からなかった。


 ――そうこうしている内に、遂に第二、第三の殺人が起きた。予想通り、一人で部屋に引きこもっていた賓客が殺されていたのだ。やはり密室で。

 更に、中年夫婦の妻の方が若い音楽家と一緒に殺された。二人とも全裸で折り重なった状態で、館の尖塔に突き刺さっていた。


「なんてことだ、あんなの人間業じゃない! 一体どんな手を使ったんだ!?」


 降りしきる雨に濡れながら、事件を未然に防げなかったことを探偵が嘆く。

 が、そもそもこの探偵はもっともらしいことや「見れば分かる」程度のことしか言っていない。自分では名探偵を気取っているが、物語としてはただの狂言回しかもしれない。当てには出来そうにない。


「センパイ。この殺し方はクレーンでも無ければ無理ですよ。超常現象の仕業ってことになりませんか? つまりこの作品はミステリーではなくホラー!」

「いや。とあるミステリの大家の作品にな、屋根の上に奇妙な恰好で乗っかった死体の謎を追うってのがあったんだが……トリックでも何でもなく『偶然の産物』ってオチが待っていたことがあった」

「ええーっ!? それ、いいんですか?」

「個人的にはギリギリアウトってところだな。他にも、全然関係ない怪談が挿入されて、いかにも『超常現象でござい』って雰囲気を作っておいて、実は『ただの都市伝説で物語には関係ありませんでした』という酷いオチが待っていたものも……」

「わぁ! 今はそういうハナシ聞きたくないでス!」


 等と、俺達がまごまごしている間にも物語は進んでいった。

 今度は、中年夫婦の夫の方が部屋で首つり自殺をしていた。遺書はなく、やはり部屋は密室だった。

 そして、ずっと姿を現していなかった館の主が死体で発見された。死後数日が経っている様子だった。だが、メイド達は誰も主人の変事に気付かなかったという。


「分からん……全然分からん!」


 全く事態を打開出来ずに、探偵の焦燥感は頂点に達しようとしていた。

 それはこちらも同じことで、いよいよ差し迫った死の恐怖に、桜坂は俺の腕に縋り付いたまま離そうとしない。

 俺自身も不安を拭いされず、心を落ち着かせる為に彼女の頭をポンポンと撫で続けた。


「センパイ、あたし達ここで死ぬんですかね?」

「させるかよ。気をしっかり持て」


 桜坂を勇気付けるが、正直打つ手がない。今までの中山黄地の作品ならば、ぼちぼち物語の構造が明らかになってくる頃なのだが、その手掛かりがない。

 もしかすると、この「黒猫島の殺人」は、全くの新機軸を目指したものなのかもしれない。つまり、今までの知識が役に立たないかもしれないのだ。


(あとは直観に頼るしかない、か)


 ――心の中でそう独り言ちた、その時だった。

 突如として世界が多彩さを失い、のっぺりとした淡いベージュ色に支配された。そしてふと気付けば、俺と桜坂は本に取り込まれる前にいた愛書家の書庫に佇んでいた。

 足元には「黒猫島の殺人」と、死体となった愛書家が転がっている。


「セ、センパイ。何が起きたんスかね?」

「これは、まさか……」


 俺はある可能性を予感しつつ、「黒猫島の殺人」を手に取った。

 一度「魔書」から抜け出した者は、同じ本に囚われることはない。なので、俺達にとってこの本はもう安全だ。

 裏表紙を眺めながら、それを開く。現れた最終ページには、こんな文言だけが書かれていた。


『想定以上のボリュームとなった為、本作はここで絶筆とする。 中山黄地』


(了)

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ホラーなのかミステリーなのか、それが問題だ 澤田慎梧 @sumigoro

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