フィクティ部

隠井 迅

第1話 フィクティ部の春<合宿>

 都内の私立大学の文芸サークル、<虚構舎(きょこうしゃ)>に所属する九名の学生が、長期休みを利用して、瀬戸内海に浮かぶ離島を訪れていた。

 このサークルのOBの一人が無人島を購入し、ここでペンションを営みながら、セカンドライフを送っているからだ。

 そして、大学の休みの際に、この島で合宿を行うのが、この虚構舎の恒例行事になっていた。サークルのメンバーたちは、いかにも何か物語が起こりそうな環境に身を置いて、ミューズからインスピレーションが授けられることを期待しながら、物語創作に没頭し、その成果をもってして、夏と冬の同人誌即売会に参加するのが、虚構舎の伝統であった。

 しかし、サークルメンバーが島を滞在していた時に、折悪く、観測史上最大規模の大型台風が瀬戸内海を襲来し、荒れ狂う激しい暴風雨のせいで、離島は本土との連絡手段を失い、九名の男女は、この瀬戸内海の孤島にて、文字通り孤立してしまったのである。

 そして――

 この状況の中、島内にて、とある事件が起こったのであった。


「以上が、我が美土里丘高校・文芸部、春の<合宿>、第四回目のお題となります」

 今回のホスト役になった一年生部員の伊達公人(だて・きみと)君が、以上のように、物語状況の設定を読み上げました。

「おいおい、だてこう、独創的たらんと欲する俺たちが、体制側が一方的に名付けた『文芸部』なんて味気ない名称を使うなよ。俺たちは、<物語創作集団・フィクティ部>だぜ」

 そんな風に、部長の中荷敦(なかに・あつし)先輩が修正しました。

「はい、チューニ部長、以後、気を付けます」

 その名前の如く、少し<厨二>が入っている中荷先輩に、伊達君は、生真面目にもそう応じました。

「さて、改めまして、今回の春<合宿>・第四回目の題目の要点は、大学のサークル、瀬戸内海の離島、台風、孤立ということになると思います。この状況設定を利用して、各自、物語りましょう」

 <合宿>といっても、部員の皆で、どこかの宿舎に泊まって、作品創作をするわけではありません。あくまでも、これは、休みの間に集中的に行う部活動の呼び名で、わたしたちは、部室に毎日通っているのです。予算がないので。

 さてさて、われらが<フィクティ部>の強化<合宿>の内容は、春休み期間中の六日、五人の部員それぞれが、一日につき一つずつ、共通の状況設定を出して、そのシチュエーションを使って、一日で物語を創作し、翌日に提出するというものなのです。

 毎日毎日、違った設定が与えられて、ストーリー・テリングをするっていうのは、思った以上にハードです。だけど、これによって、<物語力>が鍛えられるのは確かです。

 だけど、部員にはそれぞれ、異世界もの、ファンタジー、童話、SF、歴史・伝奇、現代ドラマ、ホラー、ミステリー、恋愛やラヴコメ、純文学など、得意ジャンルが違います。そのため、何の制約もかけないと、毎回、似たような感じ、たとえば、どんなシチュでも、全部、異世界転生、毎回、ラヴコメといった感じで、代わり映えのないようなストーリーになってしまうのです。

 そこで、この<合宿>では、毎日ちがった共通設定をそれぞれが提示した後、部員の一人一人が、ジャンル名が書かれたくじを引いて、そのジャンルに合わせて話を作ることになっているのです。

 この制約が、お話つくりを、さらに難しくしています。

 今回、伊達君が出したお題は、あきらかに、ホラーかミステリー向けの設定です。

 わたしなら、「ミステリー」が引けたら、いわゆる<クローズド・サークル>もの、つまり、島の外との行き来が断たれた状況で起こった事件を扱った推理、「ホラー」が引けたら、瀬戸内海の離島だし、平家の落ち武者の霊を題材にします。あっ、これなら、源平合戦をモチーフにした歴史・伝奇ものも書けるかもしれません。

「歴史・伝奇でもいいけれど、ホラーかミステリー、ホラー ・オア・ミステリー」

 わたしは、そんな風に強く念じながらくじを引きました。


 結論から言うと、わたしが引いたくじに書かれていたのは、ホラーでもミステリーでも、そして、歴史・伝奇でもなく、これまで一度も書いたことがないジャンルで、いったい何を書いたらいいのか、まったく思い付きません。

 もう、溜息をつきたくなっちゃいます。

 引き当てたくじの内容は、翌日、作品を提出するまで、秘密というルールになっているのですが、チューニ部長と伊達君の顔は晴れやかだったので、それぞれの得意ジャンルか、あるいは、この設定で書き易そうな、ホラーかミステリーを引いたのかもしれません。

「さて、それでは、シチュエーションを<フィクティヴェート>しようか」

 そうチューニ部長が告げました。

 <フィクティヴェート>というのは、うちの高校の文芸部、もとい、<フィクティ部>で昔から使われている言葉で、虚構、フィクションをアクティヴにする、つまり、<アクティヴェート>させるという造語です。

 そして、このフィクティ部では、物語創作を始める際に、部員全員でこう唱和するのが伝統なのです。

「「「「「フィクティ部ぅぅぅ~~~」」」」」


「「「「「メイク・イト・フィクティヴっ!」」」」」


<了>

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フィクティ部 隠井 迅 @kraijean

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