良い夢、そして悪い夢

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

良い夢、悪い夢、目を背けたくなる夢、目を離したくない夢、早く醒めてほしい夢、出来れば永遠に見ていたい夢

 小町寺こちょうじうつる(20)。

 鳥牟田大学多様学科二年生。成績は並みの上と下を行ったり来たりする。つまりは平均で並み。サークル無所属。交流関係は学年学科問わずにある。

 父、春明は元司書の会社員。母、秋子は元鵜飼いの専業主婦。妹、冬夏とうかは高校二年生で陸上部所属。

 プロフィールはざっとこんなもの。

 これは、僕こと小町寺こちょうじうつるに、たかが数カ月前に起きた話。

 夢、中でもとびっきり良い夢、そして悪い夢、魔訶不思議な、奇々怪々な、長く短い夢の話。



 大学二年生の夏休み前夜。つまり、前期最後の講義が終わった日の夜。

 その夜は不思議と暑い筈なのに寒気がする夜だった。

 明日から休みということで夜の静かな中で意味もなく夜更かしでもしようと思っていた僕の心は寒気に負けて……

 「寝る。おやすみー。」

 夜八時。草木も眠る丑三つ時……とは程遠い、猫も杓子も大人も現代の子どもも未だ起きている時間。僕は眠りに落ちた。

 予想以上に直ぐ眠れた。


 真っ暗な部屋の中で、何だか解らない映像を見ていた。

 『何だか解らない』というのは、決して内容が意味不明な訳ではなく、難解で理解不能な訳でもなく、眼が見えない訳でもない。

 頭に入ってこない。眼に映る光景に興味が無いから、それが何なのか理解しようとする気にもならない。


 「……つる、つる、うつる!移!起きなさい!」

 急に衝撃で眼が覚めると、自分の部屋に居た。

 「あ、おはよ……」

 「もう12時!早くない!」

 「おそょ……。」

 セミの大合唱と直射日光の殺人光線が環境を彩っていた。

 夏休み初日は半日過ぎていた………。

 「………何だったんだあの夢?不気味な夢だな。」

 悪夢とも言えない夢に首を傾げて朝ごはんへ急ぐ。


 「ウチにあるPC全部持って来て。

 タブレットとか、スマホも全部。」

 「はーい。」

 「取り敢えず持って来てくれればいい、あとはこっちでやる。

 僕の部屋、機械の熱冷やす為に冷房使わせて貰うから。」

 朝食を食べて残った一日目の後半は我が家のPCの一斉更新をやる事になった。

 我が家の人間は音痴方向音痴運動音痴恋愛音痴と多種多様だが、共通して機械音痴だ。

 ただ、僕は例外で、高校、大学と色々課題やらなにやらをやらされた結果、克服して……

 「ブラインドタッチまで習得したぜ!」

 クーラーの効いた部屋の中、複数のPCのファンの音が響く中で寝そべりながらパソコン機器に向かう。

 ダダダダダダダダダダダダ!

 およそPCのタイプ音とは言い難い音を立てながら一斉更新を開始した。


 夕方。

 「終わった!」

 「おー有難う。」

 「お疲れ様。」

 「有り難うにぃ。」

 リビングで両手を上げて終了の解放感に浸る。

 手間自体は然程苦では無いが、時間が掛かるのがネック。

 タコ足配線も抵抗があってあまりやりたくない。

 結局夕飯直前まで掛かった。

 「感謝してくれ。小町寺の異端児が異端故に希望になってるんだぜ。」

 「はいはい、だからお礼に今晩はカレーにしたわよ。」

 「おーぃ、頂きます。」

 「ん、頂きます。」

 「感謝!頂きます。」

 「はーい、召し上がれ。」

 これが、小町寺家の日常風景。



 ビニール袋のガサゴソと言う耳障りな音が聞こえる。

 袋の中に指を滑りこませて

 唇に何かが触れ、口の中に何かが入って来る。口を閉じて何も考えずに動かす。

 別にそれが何でも構わない。口に入って反射で吐いていないのならば毒ではないだろう。

 毒だろうと構いはしない。

 口に入れる、閉じる動かす。口に入れる、閉じる動かす。口に入れる、閉じる動かす。口に入れる、閉じる動口に入れる、閉じる動かす。かす。口に入れる、閉じる動かす。口に入れる、閉じる動かす。

 あれ?一体何故、こんな事をしているんだろう?


 「ニィ、起きて。

 鴨谷君、もう来てる。」

 冬夏とうかの声で目が醒めた。

 相も変わらず熱い空気が肺を蒸し焼きにする。

 そして、あの悪夢(?)は何だ?

 「あぁ、カモは飯食ったって?」

 「軽く食べてるって。」

 「ならば、僕秘蔵のアイスココアを進呈しよう。未だ三杯分くらいのストックは在った筈だ。」

 「………二杯。」

 「え?」

 「この前……飲んじゃった。」

 「…………フぁッ?」


 「移、俺の分は冬夏ちゃんにあげたって事で良いからさ。」

 「落とし前は後程つけさせる。

 悪かったな。わざわざ迎えに来させて。」

 雑踏の中、大学生2人が肩を並べて歩いている。

 「良いよ、気にしないで。その代わり、案内宜しくな。未来の司書さん?」

 「おうとも、タイタニック号に乗った気でいてくれ!」

 アスファルトの鉄板と天高く上る太陽に焼かれながら歩く。

 行く先は大型本屋。大学生2人が遊びに行く場所としては以外かもしれないが、Ⅴ僕はこの日を楽しみにしていた。

 僕は本が好きな訳だが、人と一緒に本屋に行く事は無い。

 一日中本屋で本を物色して、帰り路は大きな袋一杯に本を詰めた大荷物を二つ持っている有様。

 正直、誰かを連れて行ける性分じゃない。

 「でも、楽しみだな。そんな大きな本屋、見た事無いから。」

 少し笑ったような顔をしてそんな事を言う。

 本屋の話をして、僕の性分を教えた上で来ると言った物好き、それが僕の数少ない友人、鴨谷正聘カモヤショウヘイだ。

 「では、御覧じて腰を抜かすんだな!

 ここが!その、本屋だ!」

 目の前に広がる超高層ビルを指差してそう言った。


 「で、調子に乗ってそんなに買って、鴨谷君に持つのを手伝って貰ったと……。」

 「……猛省する。」

 「何してんだお前?」

 「申し訳ない………。」

 「鴨谷君、本当に良い人。

 悪い意味じゃ無くて、本当に善い人。」

 その晩、調子に乗ってバイト代を消し飛ばした挙句に鴨谷に迷惑を掛けた僕は、友人の味方をする家族から集中砲火を受けたのだった。



白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。白と黒のまだら模様。


 どこまでいっても不規則なまだら模様があるだけ。

 変わり映えした所で、模様をよく見る事なんて無い。

 意味も無くそんなものを見て、口に何かを流し込む。それを延々繰り返す。

 なんだか、何かを叩く音が聞こえるけど、まぁ良いか。


 「移、起きろ。俺は先に出るからな。」

 親父に頭を蹴られて目が醒めた。

 あの得体の知れない夢は、未だ続いていた。

 怖いというか、不気味さが勝る夢だ。何だよ……本当に。

 親父の朝は早い。その恩恵に預かって僕もこうして早朝バイトに勤しめる。

 さて……働くか!

 「気をつけて行けよ。」

 「有り難うよ。親父。行って来る。」


 「何時も悪いね。」

 「良いんですよ。

 大学生になってから体育が無くなって体が鈍りそうだったので丁度良いです。」

 僕のバイト先は近所の農家。朝早く、収穫物を運搬するのが仕事だ。

 バイトと言うよりボランティアのつもりだったのだが、手伝った耕神こうがみさん夫婦に気に入られ、雇って貰う事になった。

 「今日はトマトと胡瓜の余ったのがあるから持って行きなさい。」

 「何時も有難う御座います。」

 そう言いながら手を動かして野菜をトラックに積んでいく。

 朝早くから自転車に乗って力仕事をして空腹になって帰って朝食。

 これが中々悪くない。

 「ナスももう良いんじゃないかい?」

 「ばあさん、あれはまだ少ししかいないだろ?

 小町寺君の家は4人いるんだから、足りないだろう?」










 その言葉が、合図だった。

 目が、醒めた。

 陽が落ちて来たというのに灯りの付いていないリビング。

 本とパソコン、菓子パンやインスタント食品のゴミで溢れ返ったゴミの中心で寝ていた。

 家に、居た。

 「あぁ。」

 夢だったのか?

 「あぁ……」

 夢じゃない。

 「ぁ………」

 違う、アレは夢だったんだよ。

 「………………」

 夢じゃない、これが夢であってくれ…………………。


 ゴミの山から少し離れた場所。リビングの一画に、花に彩られ、家族三人がそれぞれ笑顔で写真に写っていた。

 予期しない、事故だった。

 「ク………………あぁ…………」

 あの生活が夢?冗談じゃない。ついこの前まで普通に在った日々だ。

 それが夢?これが現実?ふざけるな……。

 最悪だ。壊したい。殴りたい。悪趣味だ。誰を傷付ければ良い?誰が悪い?如何すればあの夢をまた現実に出来る?

 無理だと解ってるよ。

 もう決して叶わない夢。

 もう決して起こらない現実。

 なんという事の無い、ありふれた、いつもの日常。

 そんな楽しい日常が、夢だった。




 「なんて悪夢だよ…………………」

 感情が追いつかない中で、せめてもの抵抗でそう呟いた事だけを未だに憶えている。

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