開かずの間の殺人

ぎざ

叫びの間、池の三日月。呪いの札、負の色の傷。髪の毛今伸び、今朝。


「前代未聞の密室殺人事件が起きました! 現場へ急いでください!!」



 ……という連絡を部下から受けた。

 それがどんな事件だって優劣は付けない、俺の名前は髭宮ひげみや。警始庁捜査一課のエースと呼ばれれば必ず振り返るのが俺だ。密室殺人と聞けば当然、黙っていられない。

 急いで来てみたら、ここは……どこだ?


 閑静な住宅街から少し離れた古民家。庭は広く、三日月型の池に太陽が浮かぶ。今は昼間だからな。

 おい、まさかまたこんな屋外で殺されたとか言うんじゃないだろうな!


 現場で奴の顔を見つけたので開口一番異議を申しつけた。


「おい小早川! 前代未聞の密室殺人事件が起こったと聞いたのに、現場が広い庭とはどういう了見だ!!」


 部下の小早川は俺の顔を見ると、俺に手袋を渡していつも通り軽薄ににやけた。


「あ、先輩。お疲れ様っス。これはれっきとした密室殺人事件っスよ。現場はちゃーんと、屋内の『叫びの間』です」

「4千文字しかないんだからさっさと案内しろ!」


 被害者は余呉よご れん。腹部を刃物で刺されて失血死。

 しかし遺体よりも目の前にそびえる鉄製の大きな扉に目がいってしまう。その扉の縁にはびしびしと御札が貼られて目張りをされていた。こんな状態では扉を開けることは出来ないだろう。


「なんだその仰々しい扉は」

「これは、『開かずの間』ですじゃ」


 現れたのは、The オババというような、お婆さんだった。いにしえより伝わりし数え歌を教えてくれそうな気がした。


「開かずの間……?」

「そうじゃ。この世の恐怖、恐れ、脅威、怖さが詰まった、それはそれは恐ろしい怨念が霊験あらたかな札『破魔はま』によって封印されている。絶対に開けてはいかんのじゃ……」


 開かずの間の近くに置いてある日本人形の髪の毛が、開かずの間から漏れ出た瘴気に当てられ伸びているだとか、そんな申し訳程度のホラー要素を話してくれた。

 数え歌は?


「なるほど。この目張りされている御札の古さを見た感じ、百年以上は開けられていないな。この事件とは関係がないだろう」

「そうとは限らないんですよ! 先輩!」


 小早川は遺体のそばを指さした。

 血文字で何か書かれている。


『札 はがせ』


「ダイイングメッセージ……!」

 なんか、ミステリーっぽいな!


「って、え? 札ってもちろん、この『開かずの間』の御札の事だよな?」


 札をはがせって、『開かずの間』を開けろってことか?

 被害者がこの中に、犯人に繋がる証拠を隠したと?


「この事件は、前代未聞の、被害者が密室トリックを仕掛けた事件なんですよ! 見てくださいこの『開かずの間』の御札を! どう見ても数百年、開けられていないこの古びた御札を! 被害者はどうやって、御札を剥がさずに、『開かずの間』の中に証拠を隠したのか!!」


 小早川はテンション高めに言い放った。

 奴のテンションに付き合ってはいけない。


「それは分かったが、なら被害者が倒れているこの部屋はなんだ?」

 古民家らしく、カギなどは無かったぞ。


「ここは通称『叫びの間』。開かずの間に至る唯一の部屋です。被害者が今朝、ここで倒れていたのを家政婦が見つけたらしいです」


 なるほど! その家政婦が遺体を見て、思わず叫んだんだな! 叫びの間、だけに!

「いえ、驚きで声が出なかったようです」

「そこは叫べよ!」と俺は代わりに叫んだ。


「家政婦が見つけたあと、続いて掃除屋と片付け職人がやって来て、警察を呼んだのが今朝です」

「容疑者を教えろ。たぶん、三人くらいだろう」


「容疑者は三人います。一人は家政婦の秋刀魚さんま 亜紀あき。一人は掃除屋の砂間すなま 美玲みれい。一人は片付け職人の瀬間せま ひろしです」

「掃除をしそうな肩書きのやつらばっかりだな」


「はい。被害者は古民家をリメイクしてカフェを開こうと思っていたらしく、『開かずの間』以外の部屋を片付けようとしていたようです」

「被害者が『開かずの間』を開けるのを拒んでいたので、片付けの邪魔になったから殺したんだな」

「サイコパスな動機ですね、それ。詳しいことはまだ分かりませんが、動機は3人ともにあるようです」


 ダイイングメッセージを解くことが出来ればとりあえず、犯人を特定できるようだ。

 しかし、難解だ。


 というか、犯人がこの『開かずの間』の中に逃げ込んでいる可能性もあるのでは?


「この中に逃げ込んで、中にいる状態から、扉の縁に御札をびっちり貼る方法なんてないじゃないですか、先輩」

「ふっ。小早川。ドアの縁を覆わない程度に御札を貼り、扉を開けて中に入り、ドアの隙間から掃除機で御札を吸い込めば、御札のようなひらべったくて軽い物は掃除機に吸われて、扉側に張り付くだろう。こうして密室は作られたんだ」

「犯人が密室に隠れては、逃げられなくなるので意味が無いのでは?」


「もっと早くツッコめ! 小早川!!」


 まさか本当に、これは被害者が密室の中に証拠を隠したという、前代未聞の、被害者が作り上げた密室殺人事件だと言うのか!!


 御札を剥がさずに『開かずの間』を開くことは不可能だろう。被害者はどのようにして目張りの御札をかいくぐり、『開かずの間』の中に証拠を隠したのか……!


 この世の恐怖と恐れと脅威と……って全部同じ意味だな。

 『開かずの間』をひとたび開けてしまえば、この御札を剥がしてしまったが最後、この世の恐怖という恐怖を外に出してしまうことになる。


 だがそれも、バレなければいいのだ!



「小早川! 今から『開かずの間』を開ける! お前は見張りをしていろ! あの面倒なお婆さんが来たらすぐに教えるんだ」


「えっ! 『開かずの間』は開けちゃダメなんですよ!? 捜査許可が出ていません!」


「馬鹿もの! これは被害者の無念を晴らすためだ! たかが恐怖なんぞに怯えていては、警始庁捜査一課のエースたるこの俺が名折れするだろうが!」

「エースって、誰のことッスか?」


 俺は小早川をはたいて、早速御札を丁寧に剥がした。再度丁寧に貼り直せばバレることは無いだろう! たぶん!!


 『開かずの間』を開けた。ギギギ……ときしむような音がする。

 かび臭いホコリが舞う。空気が古い。ここが長い間開かれていないのは確かなようだった。

 俺は、『開かずの間』の中に足を踏み入れた。




 ◆


「犯人を逮捕したぞ! 小早川、署に戻れ!」


 先輩が『開かずの間』に入ってから数分後、髭宮先輩の同期の件田くだんださんが叫びの間に上がり込んできた。

 僕は『開かずの間』が開けられたのがバレないように、先輩が剥がした札を超高速で戻した。


『開かずの間』は再び閉ざされた。


「え、件田さん、犯人が分かったって、ダイイングメッセージの意味も分かったんですか?」


 当たり前だろ、髭宮の奴とは違うんだよ。と件田さんは言った。


「『札 はがせ』。どうして『はがせ』が平仮名で書かれていると思う?」


「漢字で書くと難しいからじゃないですか? 件田さん、漢字で書けますか?」


「書けない。書けないが! そういう事じゃない」


 件田さんは『開かずの間』に積もったホコリで文字を書いた。


「『はがせ』は『剥がせ』という意味ではなく、『は』が『せ』。『は』という文字を『せ』に変換しろという意味なんだよ」


 札とは『破魔』の札のこと。『はま』の『は』を、『せ』に変換すると……?


「『せま』!! 犯人は瀬間 寛に決まりだ!!」


「な、なるほど!!」


 ダイイングメッセージはそういう意味だったのかぁ。



「…………。え。じゃあ、開かずの間は?」


「は? なんのことだ?」


 ドン!!


『開かずの間』が内部から叩かれたような強い振動が、叫びの間に響いた。


 件田さんが、恐怖と驚きで後ずさる。

「な、なんだ? 『開かずの間』が……、中から叩かれている……だと……?」


 オババが震え、恐れおののいた。


「あぁ……、恐怖が……、『開かずの間』に封印されている恐ろしい怨念が飛び出ようとしている……! 静まれ……! 静まれ……!!」


 オババは新たに追加で『開かずの間』に御札をぺたぺたと貼っていった。『開かずの間』に封印された怨念の、無言の抵抗は、その後静まった。


『開かずの間』はその後開くことは無かった……。




「あれ? そういえば、髭宮はどこへ行った?」


「え。ど、どこ行ったんスかね……」

 僕は明後日の方向を見た。





 ◆



 髭宮は二日後、捜査一課に帰ってきた。


 目は血走り、手は土に汚れ、鬼気迫る出で立ち。

 なんでも、扉が開かず、壁はコンクリ。床下の土を掘り、脱出したらしかった。


 小早川の目の前には、髭宮という、恐ろしい怨念が存在していた。

 小早川は叫んだ。


「ごめんなさ──」



 その後の小早川の行方を知るものは、いない。



 完

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開かずの間の殺人 ぎざ @gizazig

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