まさか落雷に打たれて死んだ千葉県出身の俺が、村上春樹かぶれの怪物になってしまうなんて

秋山機竜

どうやら千葉県の落雷には村上春樹成分が含まれていたらしい

 俺は千葉県のゴルフ場にやってきた。ひとりで始めた趣味で、誰かと一緒に回ることが好きなわけじゃない。


 ゴルフクラブを振り回す瞬間に癒される。そこに理屈はいらないだろう。


 芝生の柔らかさを噛みしめながら、各ホールを順繰りに回る。


 今日は調子が良かった。銚子の魚を食べただけに。なんちゃって!


 ばしーん! どうやら神様は、俺のオヤジギャグが嫌いだったらしく、ゴルフクラブの先端に雷が直撃した。


 やれやれ、俺は死んでしまった。


 ● ● ● ● ● ●


 ふと気づいたら、意識が戻っていた。だが肉体の感覚がおかしい。どうやら生き返ったわけではなく、怪物になったらしい。


 体は半透明で、ゴルフクラブと腕が一体化していた。千葉県のマスコットキャラクター・ちーばくんだってびっくりの見た目だ。


 もしかして、俺の通り名は、ゴルフクラブの怪物になるんだろうか。


 なんにせよ、せっかく怪物になったんだし、ゴルフ場を利用する人間たちをビビらせてやろうと思った。


 だが、心の片隅に引っかかる小さな疑問があった。


 自分がどんな行動をして、相手にどんなリアクションをさせたら、人間たちをビビらせたことになるんだろうか?


 悲鳴をあげさせればいいんだろうか。腰を抜かさせればいいんだろうか。


 どちらも曖昧な結果だ。怖かったの感情なのか、驚いたの感情なのか、見分けがつかないから。誰だって『千葉県東京ドイツ村』という奇妙な施設名を見たら、びっくりして声が出るわけだが、これは恐怖ではないはずだ。


 なら俺が最初にやることは、ビビらせるという言葉の定義からだ。


 きっと目の前で起きた現象、もしくは未来に訪れるであろうマイナスの現象を怖がる感情のはず。


 怖い。そう、怖いだ。


 そもそも人間は、認識できない存在を怖がる。見えているか、見えていないかより、理解できない相手を拒むわけだ。


 だから物語の中でも、理解できる妖怪とは友達になれても、理解できない人間とは敵になる。


 でも、もしかしたら、認識できない相手のほうが安心する人だっているかもしれない。なんの目的もなく房総半島を旅するときと同じように。


 ひたすら遠くへ出かければ、その町の人々は、誰も自分のことを知らない。だから、すべてのしがらみから解放される。まるで千葉ポートタワーの屋上から稲毛の海を見たときと同じように。


 そんな人間として当たり前の時間を邪魔してくるのが、電話とSNSだ。


 なら俺の怪物としての目的は、ゴルフ場にやってくる人間たちのスマートフォンを破壊することじゃないか?


 そう思った俺は、ゴルフ場で待つことにした。なんの意味もなく、ゴルフクラブと一体化した右腕を振って。ときおり天気を確認しながら、なにげなく掃除もする。これらの行動になにか意味があるわけではない。もちろん意味を求めても構わないが。


 そうやって、人間たちを待っていたのに、誰もこなかった。それどころか、ゴルフ場はどんどん寂れていく。


 どうやら俺が死んだことが原因で、マスコミに散々叩かれて、ゴルフ場は閉鎖になったらしい。


 こうして俺は、誰も驚かせることのない怪物になったわけだ。


 俺の存在意義は薄れたのかもしれない。だが同時に、怪物の定義に拘泥する必要もなくなった。


 いくら怪物に生まれ変わったとしても、必ずしも誰かを驚かせる必要はない。


 このゴルフクラブと一体化した右腕も、なにげない時間を過ごすために使えばいいじゃないか。


 それなりの満足を得た俺は、ゴルフクラブと一体化した右腕を使って、ただひたすらパスタを茹でることにした。

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まさか落雷に打たれて死んだ千葉県出身の俺が、村上春樹かぶれの怪物になってしまうなんて 秋山機竜 @akiryu

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