直感ゲームをロジカルに考える奴はダメ

富升針清

第1話

 僕の目の前に差し出されたのは、二本の瓶。

 一つは青色のガラスで出来ていて、何色か分からない液が男の持っている瓶の半分……、丁度男の瓶を持つ指迄入っている。

 もう一つは赤いガラス瓶。先程の青色のガラス瓶よりは丸みがあるが多きさは残念ながら青色の瓶と同じぐらいだろう。液体の量は、少し少ないのか男が瓶の栓の方を持って軽く揺すっている。それでも、半分よりやや下と言った所だろうか。

 僕が瓶を睨んでいると、瓶を取り出した眼鏡の男が笑いもせずに口を開く。


「この瓶のどちらかが毒。どちらから水。君はどちらかを選んで飲む。僕は君が選ばなかった方を飲む。しかし、これにはルールがある。でも安心して欲しい。赤ん坊でもよく言い聞かせれば分かる、簡単なルールだ。ルールその1。君は瓶を触ってはいけない」

「何故だい?」


 僕が問い掛ければ、眼鏡の男は呆れた様な目を向けてくれる。


「赤ん坊でも、ルールを途中で遮ったりしないものだよ」

「残念ながら僕は赤ん坊でもないものでね。ルールを最後迄一気に言わなければ忘れてしまう脳でもお持ちかい? 赤ん坊の脳は大変だね」


 僕が低く笑えば、眼鏡の男は顔を曇らせる。

 やれやれ。赤ん坊の機嫌取りは難しいものだ。いつの時代でもね。

 YouTubeでも見せてあげれば機嫌は直るかな?


「瓶には毒が入っているから危ないのさ。毒も水も無味無臭だと言っても、君はその些細な違いに勘づかれてはこのゲームの醍醐味がなくなってしまう。これは頭脳戦ではない。直感ゲーム。直感を働かせて運命を決めるゲームだ。勝者には、天使のキスを。敗者には地獄でキスを」

「成る程。確かに赤ん坊には最適かも」

「そうだろ? 赤ちゃん。いい子だからもう口は開かないでくれ」

「それはどうかな? 赤ん坊は気まぐれだからね」

「減らず口。ルールの説明を続けるよ。ルールその2だ。瓶の中身は同時に飲む。ルールその3、僕への質問は3回迄。しかし、君は既にそのカードを使ってしまっているから2回だ。最後迄話は聞いた方がいい。今後の教訓にでもしてくれ」

「それは困った。僕は死ぬかもしれないのに」

「なら、地獄で活かせる様に願っておくよ」

「君もね。他のルールは?」

「この3つがルール。それ以外はない。ああ、でも制限時間はある。5分だ。5分以内に君が選ばなかったら自動的に君が毒を飲む事になる」

「5分か。随分と短いね」

「言っただろ? 直感ゲームだ。直感で瓶を選ぶのに10分もいるかい?」

「成る程。確かに」


 直感ねぇ。

 悪くはない。

 が、悪くはないだけで楽しさは無いゲームだ。


「因みに、他のルールはないかの問い合わせは質問の1つにはいるので君の質問は後1回だ」

「凄い屁理屈だな。運営の不備を参加者に背負わせるなんて」

「最後迄聞いた方がいいと言っただろ? 生きている間に活かせれなかったのは君の責だ」

「地獄で君みたいに狡い悪魔がいない事を願うよ」

「僕も一緒に祈っておいてやるさ」


 直感。

 直感と言うのならば、青色は人が口に入れるのを避ける心理が働くものだ。

 特に、こんな寒い日には。

 直感的には選びたくは無い。

 しかし、直感ではなく理論的には青色しかない。


「困ったね。直感で選んだとしても僕は日頃の行いが良すぎて、毒を選ぶ事は叶わないかもしれない」

「言ってろよ。早く選ぶ事をお勧めするね」


 瓶の持ち方を見たら一目瞭然だ。

 赤色の瓶は、持ち易い栓の方を。

 青色の瓶は、持ち易い栓の方ではなく瓶の真ん中を持っていた。

 それは何故か。

 赤色の瓶の液体には危険がないからだ。

 瓶の中身が万が一溢れた所で脅威になり得ない。だからこそ、栓に近いところを持っていられる。

 心理的に危機が働かないのだ。

 逆に、青色の瓶は瓶の真ん中、極力栓の方には触れない様に触っている。つまり、心理的に危機が働いている証拠である事がわかる。

 つまり、僕が選ばなければならないのは……。


「青色かな」


 青色の瓶と言う事になる。


「青色でいいの?」

「おや、僕のルールでは君の質問に答えてはならないと言うものがあるけど?」

「……何方が屁理屈なんだか。質問はあと1個残っているんだから有意義に使いなと言う親切心なんだけど?」

「素敵な気遣いだね。感謝を。では、その優しさに甘えて、1つだけ。この毒は何処の毒だ?」

「女神の加護だよ」

「そんな毒、聞いた事はないな?」


 初耳の毒だ。それなりに毒には詳しいと思っていたんだけどね。

 僕は青色の瓶に手を伸ばそうとすると、眼鏡の男がまたお節介にも口を開いた。


「仕方がないだろ? その通りなんだから。女神の加護は加護さ。このゲームに君が勝ったら、女神から祝福のキスが贈られるよ。幸せになれるね」

「女神の?」


 突如、僕の背筋に冷たい何かが込み上げてくる。

 直感は、論理に勝てない。感覚的に物事を捉えた所で、ロジカルに道筋を導き出した結論よりは正解を弾き出す確率は低い。

 だからこそ、僕は直感と言うものを信じない。

 なのに今、僕は直感と言うものを信じようとしている。

 直感で、僕は瓶持つ手を止めた。

 これは、悪魔のゲームだ。

 青色の瓶は囮。

 直感といいつつ、5分も僕に時間を与えるのが、まず、おかしい。

 十分に僕が論理的に答えを導き出す時間を彼は与えている。

 また、瓶の持ち方を変えたのも、故意によるもの。僕が直感ゲームなんてしない事を見越しているのは明白だ。


「……どうしたの? レニー。早く瓶を持ちなよ」

「アル……、最後に1つだけ質問だ。本当に、毒は入っているのか?」

「レニー。質問は、終わりだよ」

「なぁ、アル。何故、天使と女神が変わったんだ?」


 何故、天使のキスから女神のキスに?

 直感が怖いほど、警告を打ち鳴らす。

 逃げるべきだ。

 ここにいてはいけない、と。


「レニー。言っただろ? 直感を働かせるゲームだって。直感を働かせてない時点で、君の負けだ」


 そう言って、眼鏡をあげながらアルが笑う。


「いやだ! 絶対毒なんて飲みたく無いっ!」


 クソっ! 矢張りっ!

 騙されたっ!


「君が毒って言ってるだけで、世間は風邪薬シロップって言うんだよ。大人しく飲みなよ」

「絶対嫌だ! 飲んだら死ぬんだっ!」

「風邪が治るだけだよ」

「絶対、絶対、ヤダっ!」

「君が何かゲームで勝ったら飲んでやってもいいと言ったんだろ? それにね、レニー。もう、5分経ってるからね? 君、ゲームに負けてるから」

「ヤダっ!」

「はぁ。じゃあ、女神にご登場願うしか無いね。女神さーん。迷える子羊が暴れてます」

「まさかっ!?」


 僕は恐る恐る後ろを振り返ると、白いドレスを身に纏った長身の褐色の巨体が、何処から毟ったのかと疑うでかい作り物の翼を背負って入ってくる。


「はぁーい。子羊ちゃん、女神のレイチェルよ」

「アル! レイチェルが来るなんてルール違反だっ!」

「ルールは3つ。それ以外はルールじゃ無いよ。最初、レイチェルの服を見た時は天使だと思ってたんだけど、矢張り女神の方がしっくりくるよね。さ、女神。祝福のキスしてあげて」


 そう言って、馬鹿力のアルが僕を羽交い締めにする。


「毒はやだー!」

「自分でお薬飲めない赤ちゃんは、女神のママから飲ましてあげるからね」

「誰か助けてくれー!」


 風邪薬は嫌いなんだっ! あんなもん、毒だろ!


「レニー。いい加減、直感を馬鹿にするから直感に泣くって事、覚えた方がいいよ?」


 もう、何も信じられるわけがないだろ!?




おわり

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