そこに居る気がした、きっとたぶん

狩込タゲト

少しヘンなモノと日常と私

 木造建築の裏手に隣接されたプレハブの小さい倉庫の中は、ほこりっぽかった。

鼻や口に入り込んでくる空気は嫌な密度のある乾いたもので、人ひとりが通れるほどの引き戸をガラガラと音をたてて全開にしたら、いくらかはマシになった。

 この倉庫の持ち主は、行きつけのうどん屋で、そこの店主が

「倉庫になにかが居て物を取り出せないから行って来てちょうだい」

 と言い、私をその倉庫に向かわせたのである。

 私は客だぞと文句を言えば、

「あんたなら大丈夫よ!」

 無駄に爽やかなイイ笑顔を浮かべる初老の店主。私は嫌な顔をしていたのだろう。根拠が足りないと思ったのか「カブトムシをとってきたことあったじゃない、私には無理だもの」何年も前の話を引っ張り出してきた。

「でも飲食店をやっているんだから、そういう生き物たちへの対処もできるようになっておいた方が……」

 私の言葉は、手に押し付けられた数枚の食券で中断された。

「……得意不得意は誰にでもあるもんな、仕方が無いか」

 うんうんと私はうなずいた。人の意見を尊重し考えを改められる私は寛容である。

そんな店主から渡されたのは、殺虫スプレーとゴム手袋。そこそこまともな装備だったが、マスクもあったら最高だったと気づくのは、ほこりくさい倉庫に足を踏み入れてからだった。

プレハブの倉庫の壁に手をはわせて、明かりをつける。天井につるされた照明が人工的なまぶしさを与えてくる。小麦粉と大きく書かれた段ボール箱が壁に沿うようにたくさん積まれているのが目に入った。いくつかのロッカーと、棚には調理器具など、書類をまとめたファイルが雑多に積み上げられている。段ボール箱の間や、棚の裏をのぞいてみたが、ホコリが少したまっているだけで、特に異変は無い。一応、汚くはなく、生き物が沸くイメージは浮かばないが、いたるところから侵入してくるのが飲食店の辛いところなのだろう。

それに、この倉庫はプレハブ部分だけでは無かった。外から見たときは六畳間ひとつ分程度の広さかと思えたのだが、どうやら木造の古い小屋と無理矢理くっつけたようで、奥へとその倍以上の空間が広がっていた。

木造との境目にも段ボールが積まれていて、新旧どちらもうどん屋の倉庫として使っているのがわかった。古い方も見なければいけないのかと思うと面倒くささが増して気が滅入ったが、ポケットにしまった食券に意識を向けてなんとか持ち直し、自分の身長よりも高く積みあがった段ボールの間を通り抜ける。木の板の床になったことが、ミシミシと鳴る足音でわかった。

ガッと服が何かにひっかかった。

脱穀機だろうか、金属の細い棒がいくつも飛び出している機械だ。小学校の教科書で見たことがある気がする。店主は、昔は農家をやっていた家系だと聞いたことがある、よくわからない農機具が闇の中からところどころ顔を出している。新しい小屋からの明かりが届きにくくなっているから、動きに気をつけないといけない。

いったん足を止めて辺りを見渡す。

照明のスイッチなどは暗くて見つけられない。壁はザリザリとしていて古い木の肌が感じられた。そもそも壁にスイッチが存在しているかも怪しい。

プレハブとは反対方向から光がわずかに漏れてきている。木造の方の古い扉があるのかもしれない。そちらを開ければよく見えるようになるだろう。それに換気もしやすくなる。そうとわかればさっそく。

足を一歩踏み出したところで、違和感に体が固まった。

『なにかが居る』と思った。

なにかはわからない。

虫の姿が見えたのか?いや、暗くてそんなささいな違いはわからない。

虫の動く音がしたのか?いや、立ち止まって静かな時に気づかず、歩き出したら気づくのが、音だとは思えない。

ではニオイなのか?いや、ほこりくさいことしか感じられない。

『なにかが居る』

その存在感がふくれあがったのがわかった。

もうはっきりとわかる。

なにかが居る。

なにかが居る。

なにかが居る。なにかが居る。なにかが居る。なにかが居る。なにかが居る。なにかが居る。なにかが居る。


なにかが居る。


私はその存在が居る方向へ、反射的に体を向けた。

あたりのほこりが舞い上がった感じがした。

「ヘブシッ」

くしゃみが出た。

「ヘブシッ!ヘブシッ!!ヘブシッ!!ヘブシッ!!」

5連続だ。

いつでも撃てるようにと構えていた殺虫剤は、くしゃみしたことで力の入ったために、その間、噴出し続けていた。

くしゃみしすぎて痛む腹をさすりつつ、大量にまかれた殺虫剤にむせながら、なんとか扉にたどりつき大きく開け放つ。

胸を大きく張り、息を吸い込む。新鮮な空気に生きた心地がする。

涙ににじむ目をおさえつつ、小屋の中に目をやると、外の明かりが入り込み、ほこりがキラキラとかがやいている。

くしゃみをしすぎて忘れていたがさきほどのは何だったのだろうか。

殺虫剤が効果を発揮したのかもしれない。もう何の気配も感じられない。

店主には小屋用の殺虫剤を大量にたくことをオススメしようと思いつつ、私は殺虫剤くさいその場を後にしたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

そこに居る気がした、きっとたぶん 狩込タゲト @karikomitageto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ