悪手にボルカノ

砂田計々

悪手にボルカノと健二

 小さい頃から、周りの同年代の子供とはうまく関係を築けないタイプだった。


 みんなは「過程」を楽しんでいたのだ、と今ならわかる。当時はそれを理解できなかった。それというのも私もまだ子供で、「結果」がわかってしまうと、いの一番に言ってしまいたくなるからだ。

 授業中や休憩時間でも、私が発言したあとに空気が止まるということがよくあった。


 クラスメイトが喧嘩をしていても、どちらが悪いのかだいたいわかったし、たとえ巻き込まれても、相手が嘘をつこうものなら「それウソだよね」と簡単に見破って、逆に泣かせてしまったりした。


 家族でクイズ番組を見ていたときも、私が全部先に答えてしまうので、父も母も兄もただ感心するだけで全然楽しそうじゃなかった。「みっちゃんは頭がいいねえ」とおばあちゃんだけはよく褒めてくれて、やっぱりおばあちゃんは私が好きなんだと知った。


 大学を出て、このまま勤め人になってもたかが知れていると悟った私は、占い師の道に進んだ。自分にはその適性が確実にあると自己分析したからだ。


 お客さんの手前、タロットカードや手相を見ているふりはするけれど、これはまったくのでたらめで、その段階ではもう私の占いは完了していた。

 私からの言葉は、最初の数分の面談でもう用意ができている。


「仕事運はここ数年下がり続けています。新しい環境に身を置くことで運気は上昇していくでしょう。転居するなら今年か、遅くとも来年。現在の住まいよりも、緑の多い環境であればなお吉です」


 女性の表情はパッと華やいだ。言って欲しい言葉をそのまま言ってもらえたというように。女性は満足して、代金の一万円を気前よく支払って出て行った。


 この仕事を始めてすぐに、私は気が付いた。

 お客さんの意思はここに来たときにはすでに固まっていて、最後に占い師の私に背中を押してほしいだけなのだ。それに対してお客さんは代金を支払うのだ。私のすべきことは単純で、彼女らの決意を読み取ることだけだった。


 私はその界隈でしだいに名が知れはじめ、有名俳優やモデル、政治家、海外セレブなどを相手して、客層の変化にしたがって料金の方も吊り上げた。たとえどういう種類の人を相手にしても、私は変わらず彼らの求める言葉を投げかけていった。


 占い師として成功を手にした一方で、私は現状に物足りなさを感じていた。

 思った通りに、私には占い師としての才能があり、予想をはるかに超える財を成すこともできた。それなのに、楽しいと思えないのはなぜか。達成感を味わえないのはなぜなのか。なにか物凄いことをやってのけたはずなのに、なにもしていないような感覚がするのはどうしてなのか。その答えはすぐにわかった。すべてが予定調和だからだ。


 仕事にひと段落をつけ、私は遠くの場所に移った。

 自分が導き出す最善の選択を、私はことごとく避けることにした。

 避けた先にはまた選択肢があり、その中のベストな道を私は真っ先に排除した。

 避けて排除して、避けて排除して、自分自身でもここがどこなのかわからない世界に行きついたときに、そこで出会った健二と私は結婚した。

 すると、健二のことについて、私はさっぱりわからないのだった。


 健二のすること、健二のしてほしいこと、健二が求めている言葉、食べたいもの、好きな色、苦手な場所、過去や未来のこと。健二のすべてを私は読み取ることができなかった。

 席を立った健二が冷蔵庫から何を持ってくるのか、そんなことにもドキドキしていると、健二が言った。


「僕の前世は猫なんだ」


 深刻な顔をしたまま言うので、私はそれが本当なのか冗談なのか全然わからなかった。


 健二にはボルカノという猫がいた。結婚して初めて、家に猫がいる生活を私は経験することになった。

 ボルカノは一見おとなしそうに見えて突然噛みつくという節がある。それはボルカノの好ましい特徴だった。いつも私のまったく予測できないタイミングでそのスイッチが入るので、私はボルカノを撫でるのにもひやひやしながら手を差し出した。

 ボルカノを見ていると、可愛げというものがよくわかる。


 以前、キッチンで大きな物音がして振り向くと、ボルカノが何事もなかったかのように奥の部屋に去っていったことがあった。おそらく、目測を誤ってジャンプしたボルカノが登り損ねた戸棚の前にドタバタと着地したのだ。猫は羞恥心と眠気が人一倍強い生き物だから、それ以降、ボルカノは二度と私の前でジャンプしてくれなくなったけど、私はそういうところにボルカノの可愛げを感じている。


 私にも、できないことはないだろうか。そう思って、料理は率先してうけ負った。

 レシピなど持たずにスーパーに向かうと、野菜売り場から順に、精肉売り場、鮮魚売り場を回り、幾何学模様の野菜や聞いたこともない肉の部位、極彩色の魚の切り身をカゴに入れる。

 最後に調味料をしこたま買って、私は私が何を作るのかさっぱりわからない。私の直観はもはや頼りになるものではない。吉と出るのか凶と出るのか、料理はそれが面白い。

 キッチンに山のような食材を並べて土鍋を持ち出し、迷ったあげく、やっぱり、と私は中華鍋に油をひいて火にかけた。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪手にボルカノ 砂田計々 @sndakk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説