【超直観】的女騎士! ~そして僕は彼女を救うしかない【不幸】回復術士

最上へきさ

騎士と回復術士は運命的に出会う

「ひと目見た時に気付いたよ! わたしと君は添い遂げる運命だ、ってね!」


 あ、ヤバい人だ。

 僕は彼女を見た瞬間に気付いた。


 ――僕達がいたのは、冒険者が仲間を募る待合所。

 モンスター討伐やダンジョンに向かう仲間を見つける場所で、誰もがお互いの能力を推し量りながら慎重に交渉を重ねている。


 そんな場で訳の分からないことを言い出す奴がいたら、誰だって敬遠する。

 僕だってそうする。

 まして相手が完全武装した女騎士なら、なおさら。


「え……っと、すいません、人違いですかね?」


 僕はできるだけスムーズな動きで後退しながら、両手を上げて降参のポーズを取った。


「いいや君だ! そこのちょっと地味な見た目の回復術士!」


 ビシッ、とガントレットに包まれた指が僕を差す。何故かピッタリ心臓の位置を。


「あらあら、ごめんなさいね~。うちのマルグリットが突然」

「へっ、あ、あなたは……?」


 もうひとりの女性。いやに露出度の高いローブを纏った攻撃術士――使える術の種類は首から下げた紋章で判別できる。


「あらごめんなさい。私はイエナ、こっちの要塞みたいに鎧を着込んだ騎士がマルグリット。二人で『双頭の番犬オルトロス』っていうパーティを組んでいるんだけれどね」


 パーティ名が出た瞬間、待合所がざわついた。

 『双頭の番犬オルトロス』といえば新進気鋭のS級パーティだ。ここ十年で伝説のダンジョン“悪魔の腹わた”に挑んで生還した数少ない冒険者だとか。


(二人組だとは聞いたけど)


 まさか、こんな絶世の美女二人組だとは。


「私達、回復術士を探していたのよ。最近は挑めるクエストも難易度があがってきて、流石に回復薬じゃ手が追いつかなくなってきてね」

「ええ、まあ、それはそうでしょうけど……なぜ僕なんです?」


 自分で言うのも何だがうだつの上がらない風采だし、彼女達のように有名でもない。


「マルグリットったら、【超直観】なんてユニークスキルを持っているの。それで時々、こういう突拍子もないことを言い出すのよね」


 ユニークスキル。それは誰しも一つだけ、天から下された贈り物ギフト

 その力の強さ如何で人生が決まると言っても過言ではない。

 【超直観】といえば、世界屈指の強スキルだ。


「そう! 時折、ビビッと来るんだ! そしてビビッと来たことは大抵当たる! それがわたしだ!」


 マルグリットさんは近づいてくると、僕の手を掴んだ。


「一緒に来てくれるね! 君ッ!」

「いや……僕は、その、ちょっと」


 断る前に、割り込む野次馬の声。


「なぁ、ネエさん方! 悪いことァ言わねェ! ソイツだけはやめときな!」

「あら。どうしてそんな事言うの、お兄さん?」

「ソイツは【不幸ミスフォーチュン】持ちのアキュリーだからだよォ!」


 ここでも知られていたか。


 【不幸ミスフォーチュン】。自分にも周囲にも被害を与える呪われたユニークスキル。

 それに抗うために回復術を学んできたけど、結局はいつもカバーしきれない悲劇が起きて、僕はパーティを追い出される。


「【不幸ミスフォーチュン】? あらあら、流石にそれは穏やかじゃないわねぇ。考え直しましょうマルグリット、この子には悪いけれど」

「いいや。これまでわたしの直観が外れたことがあったか?」

「それは……無かったけれど」


 僕とマルグリットさんの間を、イエナさんの視線が行き来する。


「なあ君はどうだ? こんな場所にいるからには、共に戦う仲間を探していたのだろう?」

「……お気遣いいただかなくて結構です。お二人が揉めたら、それこそ不幸なことですし」


 仕方のないことだ。

 僕はいつもどおり知る人のいない土地を探し、悲劇が起こる前に姿を消せばいい。


「ふむ、君の気持ちは分かった。よし、イエナ! 彼に決めたぞ!」

「正気? って尋ねたら、少しは考え直してくれるの?」


 何故か諦めた様子のイエナさん。


「いやいや、さっきの話聞いてましたか!? 僕を仲間に加えたら、お二人にも累が及ぶことに――」

「構わん! わたしは自分の直感を信じることに決めているからなッ!」


 拒む僕を引きずって、マルグリットさんがパーティ登録カウンターへと向かう。

 その時の人混みの割れ具合と言ったら、まるで海を割る神話のようだった。



 最終的に、僕達が向かったのは“古王家の墓標”というダンジョンだ。

 その最深部で蘇ったアンデッドが地上に溢れ出す危険があるらしく、周辺の村々から討伐依頼が出たのだ。


(……僕と相性が一番悪いダンジョンだ)


 墓標と言うからには人工ダンジョンで、副葬品や財宝のたぐいもある。

 ということは、トラップが大量に仕掛けられている。


 そして僕の【不幸ミスフォーチュン】は、いわば森羅万象をトラップにするデバフスキルだ。


 ――最初に襲ってきた不幸はドアノブの自壊だった。

 部屋には、僕達と大量のスライム達。

 もちろん出口は一つだけ。たった今、音を立ててノブが崩れ落ちた鋼鉄製のドア。


「ど、ど、ど、どどどど、どうしましょうっ!?」

「大丈夫だアキュリー! わたしに任せておけ!」


 言うなり、マルグリットさんはドアに向けて剣を振るった。

 決して薄くなかった鉄扉が、音もなく割れる。


「はーい、スライムちゃん達、さようならぁ」


 その背後では、イエナさんが攻撃術【紫電ライトニングボルト】を使って大量のスライム達を一瞬で蒸発させている。


 とんでもない荒業だと言うのに、二人とも汗一つかいていない。


 ……強い。

 この二人、尋常じゃないぞ。


(もしかして、この二人なら)


 僕の【不幸ミスフォーチュン】にも負けない、かもしれない。


 次にやってきた不幸は、ミミックの連携発動。

 一体でも軽くパーティを全滅させる凶悪なトラップ。それがなんと五体。


「そっち行ったわよ、マルグリット!」

「でぇええええぇぇぇいっ!!」


 完璧な連携。圧倒的な勝利。

 そもそも、この二人に回復術士なんか必要だったのか?


「何を言う、アキュリー! 君の出番はこれからだッ」


 まるで根拠がないように思えるけれど、やはりマルグリットさんの発言は【超直観】に裏付けられている。


 三つ目の不幸は携帯食の腐敗だった。

 これは流石のマルグリットさんも顔を青くしていたが、僕の回復術で対処できる範囲だった。


(ようやく役に立った、ような気がするけれど)


 そもそも僕がいなければ起きなかった事故なのだから、差し引きはゼロだ。


 四つ目。テレポーターの誤作動。

 いくら彼女達が優秀でも、分断されてしまってはどうしようもない。


 なお悪いことに、僕が飛ばされた先はダンジョンのボスの根城だった。


 遙か古代に滅ぼされ、執念によって生きながらえる恐るべき不死者の王。

 包帯にまみれた拳は僕程度なら軽く握りつぶせそうなほど大きい。


(あ、これ詰んだ)


 僕は確信した。

 恐怖や悲しみも感じたが、どちらかと言えば、やっと楽になれるという気持ちの方が大きかった。


 もうこれで誰にも迷惑をかけないで済む。

 恨まれたり、暴言を浴びせられたりしないで済む。


 誰かの悲しむ顔を見ないで済む。永遠に。


 そんな僕が感じた安堵を【不幸ミスフォーチュン】が打ち消そうとしたのか。

 それとも単純に、彼女の【超直観】が勝っただけなのか。


「アキュリーッ! ここかああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 またしても扉を破壊しながら部屋に飛び込んできたマルグリットさんは。

 部屋の隅でズタボロになっていた僕を見るなり、


「きッ、さッ、まァァァァァァァッ!!」


 ボスへと斬りかかった。


 火花が飛び散るほどに激しい戦い。

 しかし、いくら彼女がとてつもなく強いとしても、体格が十倍以上の相手に一対一を挑むのは、無謀だった。


 折れたマルグリットさんの愛剣が、僕の腕に突き刺さる。

 運の悪さもここまで来たら、いっそ滑稽だ。


 程なく吹き飛ばされてきたマルグリットさん自身も、僕の傍に転がった。


「……いき、て、ます……か?」

「ああ――自分でも不思議だけどね」


 ごほっ、と血の混じった咳。

 肺をやられているとしたら、マルグリットさんの方がまずい。


 僕は回復術を使おうとするが、全身を駆け巡る激痛でまったく集中できない。


「すみません、僕のせいで」

「いいや。こうして君と死ぬなら……そもそもこれが、わたしの【超直観】が下した結論なのかもしれない」


 マルグリットさんは自嘲するように、笑う。


「わたしは、それを覆すために剣を振るっていたんだよ。直感した誰かの死を退けるためにね」


 ……それは。

 僕と、同じような。


「残念ながら、今まで救えた命は一つもなかった。けれど、諦めなければ、鍛え続けていれば、いつの日か……この直感を覆せるんじゃないかと思って」


 ああ。

 ついさっきまでマルグリットさんのことを、雲の上に住む人だと思っていたのに。


 僕は半ばまで斬れた腕を伸ばす。


「大丈夫です。大丈夫ですよ、マルグリットさん」


 ガントレットと一緒に潰されたマルグリットさんの手を取って。


「僕は、あなたに――今、救われたと思います」


 そして、下される一撃を待つ――


「――ちょっとぉ、二人とも、突っ込むのが早すぎるのよぉ!」


 声とともに。

 目が覚めるような【火球ファイアーボール】が、結果的に僕達の命は救った。


 あるいはもしかすると、僕達に差し伸べられた唯一の救いを、焼き払ったのかもしれない。

 そんな悲観的な物言いをしてしまうほどには、僕の人生は不幸続きだったのだから。



 そうして。

 僕達は今も三人で冒険者としての活動を続けている。


 パーティ名はイエナさんの発案で【地獄の番犬ケルベロス】に改名された。

 そして僕のユニークスキル【不幸ミスフォーチュン】は、実は【女難】だったと判明したのだけれど……


 それはまた、別の話だ。

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