年上の彼女が僕にいう「たまには肴を」

玉椿 沢

第1話

 僕の5つ違いの彼女は食い道楽だとは思う。


 何のかんのとお店を発掘しようとするし、食べ歩きも好き、そして時々、おやつを作る趣味がある。


 そんな趣味を持つ彼女、孝代さんだけど……、


「酒のツマミ? そんなのまで作るの?」


 この人、下戸げことはいわないけれど、お酒なんて殆ど飲まない。


「そうそう」


 孝代さんは小首を傾げながら生返事だ。


「昔、大学に通ってた頃、お世話になったお爺さんが時々、作ってたのがあるの」


「ふーん?」


 そういえば孝代さんは奨学金をもらってて、確か在学中に仕事をしていたら返済不要っていう新聞奨学生みたいなのをしてたんだったっけ。


「お酒の好きな人だったの。ピリ辛で美味しかったんだけど、作り方は訊くの忘れちゃって……」


 それで少し合点がてんがいった。孝代さんは、甘いものと辛いものに目がない。


「お酒は飲まないけれど、時々、食べたくなる味って事?」


 なんて訊いてみるけど、孝代さんはまた生返事だ。


「そうそう」


 買い出しに来たスーパーで、唐突に悩み始めてこの様なんだから。


「何が切っ掛け?」


 唐突に思い出したのなら、何か切っ掛けがあっただろうに。


「お菓子がね」


 孝代さんが指差したのは袋入りのスナック菓子だった。


「そのお爺さんのお孫ちゃんが、こういうのを買う時に悩んでたのよ」


「種類が多いから?」


「違う違う」


 そういうと、孝代さんは同じスナック菓子を両手に一つずつ取って、


「こうやって、ずーっと悩んでるのよ」


「どういう事?」


 同じだろうというと、孝代さんはきっと、その子にしたの同じように首を傾げ、


「美味しそうなのは?」


 ……は?


「こっち」


 右手に持ってる方を持ち上げる孝代さんは、続いて――、


「沢山入ってそうなのは?」


 ……は?


「こっち」


 今度は左手に持ってる方を持ち上げた。


「いや、同じでしょ。同じお菓子だし、重さはパッケージに書いてるし」


「5歳だったもん、その子」


 読めない字の方が多いね。


「直感で決めてたっぽかったのよ」


 ……それは直感というのだろうか?


「あ!」


 と、その話題を切っ掛けに、孝代さんの直感は働いたらしい。


「本日の議題。の違いは?」


「……えっと?」


 何をいってるんだとしかいえない訳だけど。


「感じる方の直感と、観るって字を書く方の直観」


 もう一度、説明してくれる孝代さんだけど、それこそぼんやりとしか知らない。


「……感じる方は山勘で、観る方は経験からくる閃き……だっけ?」


 本当かどうかは知らないけれど、僕が知っている違いはそれしかない。凄まじく曖昧な言葉だった気がする。


「大体あってる」


 大体かよ。


「そして私は経験を持ってるのだよ、ワトソン」


 孝代さんはスナック菓子を二つともカゴに放り込むと、鮮魚コーナーへ顔を向けた。


「あれは魚だ。魚をすり身にして、海苔の上に薄くのばして焼いた! 味付けは、甘

さはみりん、辛さはわさび醤油!」


 なるほど、直観で思い出の味を分析したって事か。食べる事と、それを作る事を趣味にしている自分の記憶と経験を総動員したっぽい。


「けど魚の種類は?」


 すり身に出来る魚なんて、それこそ星の数ほどいる。


 いるけれど、孝代さんは考える素振りもなく答えてくれる。


「白身。そして安いヤツだから、多分、エソ!」


 自信たっぷりにいう孝代さん。


 直観が正しいのかどうかは、まぁ、分からない。


 分からないけれど、僕は美味しく食べられると思った。



 それが僕の直観だ。

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