叱責

 リディルとその後、とりとめない会話をして城へと帰ってきた。


 出て行った場所と同じ裏門へ送り届けてくれたリディルは、柔らかな笑みを浮かべて「また来るよ」の一言を残し、そのまま帰っていく。

 私はその背を見送りながら、先ほどまでの出来事を思い返してぼんやりとしていた。

 何もかもを許したわけじゃない。でも、彼の言葉と雰囲気に知らぬ間に引き込まれて、許してしまいそうになっていた自分がいた。あれは何でなのだろうか? 腹部の傷を見せて、こちらに同情を誘い自分のペースに引き込もうとしていた? でも、そんな風には思えなかった……。


 ぐるぐると自分の中で渦巻く彼の事を考えながら自室へと続くバルコニーの階段を登っていると、血相を変えてバルコニーに出てきたドリーと目が合った。


「マ、マーヴェラ様!」

「?」


 そのあまりの慌てぶりに、何が起こったのか分からず、私はきょとんと彼女を見つめ返した。

 すると彼女は盛大なため息を吐いてその場にずるずると座り込み、とても疲れ切ったような表情でこちらを見つめてくる。


「良かった……。どこにもいらっしゃらないので、とても心配していましたのよ」

「あ……。ごめんなさい……」


 そうだ。いくら近場だとは言え、結局ラディスの乗馬レッスンに付き合ってからしばらく時間が経っているんだ。いつも部屋に居るはずの私がいないとなれば、騒ぎになっていてもおかしくないことをすっかり忘れてしまっていた。


「どちらへ行っていたんですか?」

「え……と……。ちょっと、そこまで……」


 まさかリディルに会っていたとは言えず思わずそう言葉を濁すと、ドリーはその場に立ち上がりながら、いつになく怖い表情でこちらを見つめてくる。


「両陛下もとても心配しておられますわ。無事にお戻りになられたから良かったものの、無断で部屋を空けるだなんて大問題ですわよ」

「はい……ごめんなさい」

「とにかく、両陛下の所へ参りましょう。そこできちんとお話してくださいませね」

「……」


 責められても仕方が無いことではあるけれど、私はこの時酷く動揺していた。


 ドリーに連れられて、ムーとリーナが待っている部屋へ向かう途中、私はずっと考えていた。

 何て言っていいのだろうか? リディルの事は話してはいけない気がして、他の言い分を一生懸命に考える。でも、よい答えが見つかる前に二人の部屋に到着してしまった。


「レルム様、リリアナ様。マーヴェラ様がお戻りになられたので、お連れ致しました」

「入れ」


 ムーの、短い許可の返事が返ってきた。その言葉の雰囲気から、彼がどれほど怒っているのかが見なくても感じ取れる。

 こんなに彼を怒らせてしまった事は今までなかった。それだけ心配をさせてしまったのかと思うと申し訳ない気持ちと同時に、小さな反発心も芽生えている事を私は感じていた。


 部屋に入ると、泣きべそをかいていたラディスが真っ先に駆け寄ってきて私に抱きついてきた。


「姉上! どこに行っていたんですか? 凄く心配していたんですよ!」

「う、うん……。ごめんね、ラディス……」


 泣きじゃくるラディスの頭を撫でてゆっくり顔を上げると、心底心配していたのであろうリーナと視線があった。そしてその隣に立っているムーは、こちらに背を向けて窓の方を見ている。


「マーヴェラ……心配したのよ。ラディスのレッスンの後から、あなたの姿がどこにも見えないってドリーから報告を受けた時は、本当に驚いたわ。あなた、どこに行っていたの?」

「……それは、その……」


 リーナの言葉に目を合わせていられなくて、私は思わず俯いてしまう。

 言い淀んでいるとそれまで窓の方を向いて黙っていたムーが、とても怖い表情でこちらをゆっくりと振り返った。昔、この国の総司令官として軍を率いていた頃のような、そんな表情だった。


「マーヴェラ。どこに行っていたのか、正直に話しなさい」

「……あの、馬に乗って少し気分転換に遠出を……」

「一人で?」

「……はい」


 半分嘘で、半分本当だ。

 とても緊張していて、思わず逃げ出したい気持ちに駆られるが、そんな事が出来るはずもない。

 二人と目を合わせられず顔を伏せたままでいると、ムーは短く、苛立ったようなため息を零す。


「……マーヴェラ。私はお前を嘘をつくような娘に育てた覚えは無い」

「……っ」

「バレないとでも思ったのか?」


 その言葉におそるおそる視線を上げると、ムーは完全に怒ったような顔でこちらを見据えている。その顔を見た瞬間、私は思わずまた視線を下げてしまった。


「城の兵が、お前が男と出て行く姿を見ている」

「……それは……」

「しかもその相手は、トルバトス王国の第一王子だと言うじゃないか」

「……っ」


 バレていないと思っていたが、やはりバレていた。

 ビクッと肩を震わせて萎縮してしまった私を見て、ムーは話を続ける。


「お前には以前、話をしてあったな? かつて世界大戦を引き起こしたマージと同等に注視している国がトルバトスだと。あの国は昔マージと影で手を組んでいた。国の内情も何もかも分からないあの国は、今後何を仕出かすのか分からない。故に敢えてわが国の管下に置き、様子を見ている最中だ。そのトルバトスの王子とお前が接触していたとなれば、どうなるか分からないわけじゃないだろう」

「……はい」

「今回のお前の行動は非常に軽率だ。わが国の王女としての自覚が足りなさ過ぎる。安易な考えで彼らと接触すれば、こちら側が危険に晒される可能性は決してゼロじゃない」


 ムーの言いたい事は分からない訳じゃない。

 いつもこんなに厳しい事を言わない彼がここまでキツく怒るのは、国を担い守らなければならない立場にある以上、当然の事だ。


「ごめんなさい……」


 謝罪の言葉を呟くと、ムーはもう一度、まるで自分の中の怒りを外へ逃がすかのようにため息を一つ吐く。


「もう一度お前には忠告をしておく。トルバトスの人間には近づくな。分かったな?」

「はい……」


 すっかり肩を落としてしまった私を見て、ムーは語尾を少し弱めて言葉を続けた。


「いつまた発作を起こすか分からない。完全に発作が出なくなるまでは無理をするな」

「……」

「そうよ。外出をしてはいけないわけじゃないけれど、あなたは王女なのだし、誰かを連れて出て欲しいの。何かあってからでは遅いでしょ?」


 もう一度顔を上げてムーを見ると、彼はとても心配そうにこちらを見つめていた。隣に立っていたリーナも同様だ。


 二人には心配をさせてしまって、本当に申し訳なく思った。今回の行動は、確かに軽率だったかもしれない。でも……リディルと一緒に出かけた事を私は後悔はしていなかった。

 そう思ったのは、きっと自分が思う以上に楽しかったから。それに、赤の他人とあそこまで普通に話せた事が嬉しかったからだ。


「はい……。心配させて、ごめんなさい」

「お前がいなくなったと聞いて冷や汗が出たが、こうして無事に戻ってきてくれたんだ。もうこれ以上責める事はしないよ。今日はもう休みなさい」


 優しい言葉を最後にかけてもらい、私はそのまま部屋を後にした。


「……しばらく、あの子に監視をつけておいた方がいい」

「監視だなんて……。あんなに反省していたのに?」

「あの子に取り入ってきたのがトルバトスの人間でなければね……。相手が悪すぎる」

「それはそうですけど……」


 私を見送った後の二人のこの会話は、とても重かった。

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忘却の焔 陰東 愛香音 @Aomami

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