ダイレクト・メッセージ

奈良ひさぎ

ダイレクト・メッセージ

 直観というのは、恐ろしいもので。世の中には鍛えられる能力は様々あるが、生まれ持ったまま成長も衰退もせず、変わらない能力もまた数多くある。野生の勘とか、何となくの感覚とも言う直観は、その一つだと僕は思う。


「……今日は少し、回り道して帰ろうか」

「え? どうして?」

「なんでも。何となく、そう思ったから」


 直観は当たる時もあれば、外れる時もある。ただ、外してもさして影響のないものであれば、勘に従っておいた方が結局得だったりする。通学路は遠回りと言っても、少し先の歩道橋を渡るか信号待ちをするかの違いで、微々たるものだ。だからいつも下校時は一緒に帰る友達の瑛梨えりも、いまいち納得していなさそうな顔で僕を見てくる。


「……まあ別に、あなたがそう言うのなら、いいけれど」

「ありがとう。助かるよ」


 実際、僕はいつも通っている道を行くと何か面倒なことに巻き込まれるという直観に従ってそう言ったのだけれども、もちろんそのことは瑛梨には言わない。言っても勘だからだなんて、と言われそうだし、その勘が当たらなかった時に言い訳に困るからだ。


「今度は、大丈夫なはずだ」

「何の話?」

「いや、何でもないよ。こっちの話」


 瑛梨はいつも楽観的で、行き当たりばったりなところがある。それはいいことでもあるし、悪いことでもある。瑛梨が底抜けに明るいおかげで、僕が落ち込んでいる時も前を向いていられるというのは事実。けれど一方で、あまりに能天気なものだから、それにイライラしたことも何度もある。瑛梨と友達になった小学生の頃は、よくムッとしていたものだけれど、最近はすっかり慣れて何とも思わなくなった。今では僕のかけがえのない、大切な親友だ。


「ねえ、今度花坂駅前にクレープ屋さんができるんだって。土曜日一緒に行こうよ」

「いいね。最近あんまり甘いもの食べてない気がするし、いいかも」

「じゃあ土曜日の十一時、駅前でね?」

「もう約束するの?」

「当たり前でしょ、こういうのは今約束しとかないと、どうせ予定入れちゃって行けない、って断ってくるのがいつものオチなんだから」

「……まあ、確かにね」


 僕はこうして、瑛梨と何度も一緒に遊ぶ約束をしてきた。それこそ小学校の頃から、瑛梨は週末は何かと外に出て遊びたがる子だから、毎週のようにどこそこに行きたい、という話をしていた。けれどそれが本当に叶ったのはまだ数回だ。僕だって瑛梨と遊びたくないわけではないし、むしろ瑛梨ともっと時間を過ごしたいのだけれど、なかなかそうさせてもらえない。


「お昼ご飯は……そうだ、ちょっといい感じの……高校生でも行けそうなイタリアンのお店。あるでしょ?」

「……ああ、あそこだね」

「そうそう! そこでご飯を食べて、それからクレープも食べて。あとはカラオケ! ね、いいでしょ?」

「うん、せっかく瑛梨と遊べるんだし、付き合うよ」

「ありがとう! 嬉しいなぁ」


 瑛梨の笑顔は、僕がこの世で最も大事にしたいものの一つだ。僕自身の命まで投げ出せるか、までは保証できないけれど、それくらいには大切にしたいと思っている。どうしても、手放したくない。


「……あっ」


 だから瑛梨が危ない目に遭いそうなら、僕が前に出て守る。たとえ、スピード違反で追いかけられた車が暴走の末に、僕たちの方に突っ込んできたとしても。


「ねえ! ねえ……っ!!」

「瑛梨……大丈夫……?」

「大丈夫じゃないよっ、きゅうきゅうしゃ……っ」


 車の下敷きになっても、僕はまだ何とか息があった。よかった。傷一つ負っていない瑛梨の姿を、見ることができた。これでいい。どうせまた、僕は同じ日を繰り返す。今までもこうして、何度も何度も同じ一日を繰り返しながら生きてきたのだから。今回はどうやら、瑛梨と無事に一緒に家に帰れなければ、何十回でも、何百回でもこの日を繰り返すことになるらしい。覚えているだけでも、もう十八回目。その証拠に、即死してもおかしくない傷を負いながら、僕はいやに生き延びている。これはピンチを切り抜けるために、考える時間を与えられているということだろうか?いや、死んで時間が戻っても記憶は残っているから、そんな意味はないだろう。

 今のところ、打てる手は全て打った。どうすれば、僕自身の身も、瑛梨のことも守れるのだろう。どうすれば、週末に二人でクレープを食べに出かけられるのだろう。僕はそう思いながら、そっと意識を手放すしかなかった。

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ダイレクト・メッセージ 奈良ひさぎ @RyotoNara

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