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「まいったな」

 アキは残念そうに言った。

「みんなと、シュウトと日常を送りたい。オレはそうしたかっただけなんだよ。たとえちょっと“普通と違”くたって、そんなのは些細なことだと笑い飛ばして」


 僕のほうを向いているのか、あるいは他の誰か、自分自身にむけて言っているのか。


「そういうの、やっと手に入れた、と思ったんだけどな」


―――


 アキがリュックから取り出したのは、むき身の拳銃だった。銃口には妙な筒型のものがついている。きっとオモチャなんかじゃない。それは引き金が引かれると共に”人を殺す”ための銃弾を吐き出すモノ。僕らが知る日常の中には、決してあってはいけないモノ。

「監視の連中、肝心なときに出てこないのか。それとも、さてはみんな殺されちまったのか」

 アキは僕に、その場に伏せるように言った。

「ちっくしょう。いつもこれだ。ここまで来て」


 少しだけ頭を上げて見る。

 見晴台のそば、林の中から影がひとつ、ふたつ、みっつ……よっつ。黒ずくめの――小さな体格からして、おそらく僕たちとはそう変わらない年齢の人間たち。


「なんでこんなところにいるんだ、って、お前らに聞いても応えないよな。知ってる」


 アキを取り囲むように、彼ら(彼女ら?)は素早く展開する。僕は何が何だかわからなかった。でも、これが“日常”のものではないことはわかる。

「おおかた“この場所”に何かあるって情報を掴んで来たって感じか。で、たまたまオレ達がいたってことで――つくづく呪われてるなあ、オレ」

 何を言っているのか。

「なあ、シュウト。信じて欲しいんだ。お前のいるところで、こんなのは見せたくなかった。そんなことは、本当はしたくなかったんだよ」

 

 刹那、アキは飛んだ。

 文字通り、飛んだとしか形容できない身のこなしだった。およそ数メートルの距離を瞬く間に跳躍し――そして同時に、小さく乾いた音がした。


 音は一回、そして二回。

 黒ずくめの人達が二人、その場に崩れ落ちた。


 残る二人は殺された二人に戸惑うでもなく、携えた銃(アキのそれと同じく、筒型のものがついた大きなライフルに見えた)を構える。映画で見たサイボーグ兵のような、機械じみた動き。いっぽうのアキはまるで獣のように目まぐるしく動き回り、翻弄し、もう一度乾いた音を響かせる。たった一発。それで三人目が膝から落ちる。

 さらにアキは残る一人に飛びかかり、瞬く間に顎の下に銃口を突きつける。

「目的は何なんだよ。教えてくれよ」

 黒ずくめの――あれは体格からして、たぶん女の子――彼女は銃を突きつけられてなお、呻くことも暴れることもない。

「……ああ、やっぱり答えないよな。素直に答えてくれたら――いや、せめて降参だけでもしてくれれば良かったんだ。何度も言うけど、オレだって本当はこんなことしたくなんかないんだ。でも」

 黒ずくめが腰から拳銃を抜いた。止せ、と言いたかった。それより早くアキが引き金を引いた。


 脳天から何かが飛び散るのが見えた。


 なにもかもが現実離れした、普通じゃない光景。


―――


 昼が過ぎ、日が傾きはじめた。

 次第に薄暗くなっていく林の中、慣れた手つきで、アキは殺した四人の死体を目立たないところに積み上げる。


「別に、騙すわけじゃなかった。こうしたかったわけじゃないんだ」


 その場にしゃがみ、四人の死体を見ながらアキは言った。僕は何も言えなかった。


「どこまでいってもそうだ。結局、これが本当のオレなんだよ。日常を送って、普通になりたかったのに、それがどこまでもつきまとうんだ。人殺すところ、見たろ」


 何と声をかけていいか分からなかった。


 でも、不思議と。

 僕の胸の内は高揚していた。

 普通じゃない。アキはどう考えても普通じゃない。


 そうだ。


 僕も普通の存在になりたかった。生まれてからずっとそう思っていた。でも父親を殴ってしまったし、警察の世話になって留年もした。たとえもう叶わないと分かっていても、それでも僕はまだ普通の存在になりたがっていた。


「たぶんもう少ししたらエージェントの連中も来るだろ。もっとやりたいことがあったのに、こんな早く終わるなんてなあ」


 今は違う。アキは、自分なんかよりもっと“普通じゃない”。

 それが何故か僕にはたまらなく輝いて見えた。


「な、シュウト。ちょっとの間だけだったけど、こんなオレと友達になってくれてありがとうな」


 北からやってきた、とびきり異質な存在。正直なところ、僕は彼がいて安心したのだ。僕の生活は彼よりも“普通でまとも”だと。そう比較することで安心していた。だから友達になった。

 でも、その考えは今変わった。結局のところ、僕は友達の定義を間違っていたのだ。


「シュウトは巻き込まれただけだってオレから説明しておくよ。だからさ、これで――」

 言い終える前に、僕は手を伸ばした。


「?」


 その光景を見て、その目を見て、考えが変わってしまった。

 だから僕はアキに告げた。


 逆だ。


 僕もアキみたいになりたい。

 

 こんな普通の生活じゃなくて“アキがいる世界のほう”に行きたい、と。


「シュウト?」


 人外の獣のように飛び、あっという間に敵を撃ち殺したアキを、僕はたまらなく魅力的に感じてしまった。

 だから言った。二人とも“普通じゃない存在”になればいいことだろ、と。

 そう。それが本当に“友達になる”ってことだ。


 アキは最後まで迷っていた。きっと、僕が自分と同じ目に遭うんじゃないかって考えたのだろう。きっとアキが僕の手をとれば、僕の暮らしは変わる。高校だってもう卒業できなくなるし、母親の見舞いも出来なくなるかもしれない。

 それでも構わない。


 もう一度僕は言った。友達になりたい、と。


 やがてアキの大きな手が、僕を掴んだ。


 一生懸命使おうとしていた左手ではなく、明らかに普通ではない、小指と薬指の欠損した右手で。


―――


 普通になりたくて、それでも普通になれなかったアキ。


 きっと僕らの理想はすり合わないだろう。どこかでズレる日がくるだろう。


 でも、その日までは友達でいたい。


 林を抜け、僕たちは二人で見晴台に戻る。書きかけのスケッチブックが風にあおられてベンチから落ち、遙か眼下に見える街にはうっすらと雲がかかり始めていた。

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秋からの友達 黒周ダイスケ @xrossing

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