第10話:ユニットやってます
いつの間にか音楽は止まっていて、俺はティッシュやタオルを探した後、電気を消した。
沢君が、話した。
「俺の、うちは・・・父に億単位の借金があって、弟はひきこもりで、母は毎度新しい持病をこさえて入院したり浮気で出ていったりして、・・・それで、事業をしてる叔父が援助をしてくれてるんですけど、まあ・・・高圧的というか支配的というか、弟には優しい、けど、俺には、酔うと、いろいろ・・・」
「・・・」
「だからデビューのチャンスは、もちろん、願ってた・・・だって俺はバイトしても、弟が、急に具合悪いって、俺を呼び戻すのが何か癖になってて・・・それでだんだん、出られなくなっちゃって・・・。それで家でできる、ちょっとした作曲とかプログラミングとか、自分の小遣いくらい、ネットで稼いでたんだけど・・・」
「・・・うん」
「だからイケさんの言うように、当然、仕事の話、願ってもないこと、だった・・・」
「うん」
「弟のことどうするんだってのはあったけど、でも、いつまでも、一生、俺がご飯作って、部屋の前に置いとくってのも出来ないんだし、いつかは、どっかの時点では、どうにかする、しなきゃって」
「・・・うん」
「でも、でも俺・・・イケさんとのアルバムで、何か、なんか、そういう、小遣い稼ぎとか、お金とか、住む場所とか、その、地位ってか、表向きの職業みたいな、そういう意味じゃない、音楽っていうか、生き方っていうか、一瞬、見えたような、気がして」
「・・・」
「実は俺、それが嬉しくて、実は・・・ごめんなさい、あの最初の曲のさわりだけ、あるところで、流しちゃって。すぐ消えるし、あくまで招待した人しか見れないチャットみたいなところで・・・でもたぶん、それが、・・・分かんないんだけど、たぶんそれが、どっかの誰かに伝わって、いろんな話が舞い込んだっぽい感じで。俺、その頃、何か、俺はいろいろできるんだって、ちょうど、色んな人に声かけまくってて、それもあってたぶん、あのCDの話・・・」
「・・・そう、だった、んだ」
俺が集中して、周りとの交流より曲にのめり込んでいる時、サワーPは、逆に、交流していくタイプだった。そうか。
「夢は、叶っていってる、でも心は正反対で、ついてかないし、なんか、裏切ったような、大事なもの売っちゃったような罪悪感もあるしで、・・・でも、俺も、もういったん、・・・イケさんとの話はいったんなかったことにして、白紙にして、これでもうデビューして突っ走って行けばいいんじゃないか、・・・ってことで、見ないふりしていろいろ、頑張ってみたんだけど・・・」
「・・・うん」
「やっぱさ」
そこで沢君はぐすんと鼻を鳴らして、笑いながら涙をぬぐった。
「やっぱあの曲、いいんだよ、本当に。俺だけど俺じゃない、でも俺でいられてる、本当に、あの曲いじってると心が落ち着いてさ、・・・あの仕事やらなきゃ、あの件で連絡取らなきゃ、あれ仕上げなきゃって、そういう焦りが一瞬消えてさ・・・でも、もう、・・・限界だった。
「・・・それで、活動休止・・・?」
「うん。だから・・・実は」
「・・・うん?」
「・・・実は、もう、俺、家がない。出てきちゃった。もうぐちゃぐちゃなまま、最低限の機材とか荷物だけ、今ちょっと別の場所に置いてあるけど、ほとんど身一つで、飛び出してきて」
「・・・」
「うん、でも、・・・こ、ここに置いてもらうわけに、い、かない?」
「・・・え」
「とりあえず、いったん、少しだけ・・・」
「沢君」
「うん」
「まずいよそれは。実は俺も、今ここに俺だけ住んでるのだって本当はまずいことで、それがもう一人、知らない人住まわせるわけにはいかないんだよ・・・」
「・・・」
「でもさあ、沢君」
「・・・ん?」
「俺、働いて、どっか住めるとこ、探すよ。バイトもうちょっと入れないと、不動産の審査も通らないだろうから・・・それまで、ろくにここから出なくてもいい、夜中くらいしか出入りしなくていいってんなら、・・・それまでここにいなよ。何か、監禁みたいになっちゃうけど・・・俺が全部買い物とかしてくるから、ここで、・・・ここで、曲、作って。こんなとこで悪いけど、もっと、部屋掃除するし、何か、環境整えるから、よかったら」
「・・・イケさん、・・・いいの?」
「・・・先のことは、まだ、見えない、けど・・・あのアルバムだけ、作ろう。それから考えよう」
「・・・いい、の?」
「泣くなって」
「・・・だって」
沢君はベッドでしばらく泣いた。
俺は台所を片して、これから二人分暮らせるように、そして近々引っ越せるように、黙々といらないものをまとめて、夜中のうちにゴミ捨て場を往復した。
* * *
そうして夏が来て、サワーPと最初に会ってから一年。
俺と沢君は、アルバム作りに励んだ。
沢君は弟の面倒をみていたからか、料理も家事もうまかった。
俺はバイトを増やしたから昼間はほとんどいなくて、でも五曲分の歌詞は出来ていたから、夜は沢君が曲を作っている横で寝た。それは最高の眠りだった。朝起きて、沢君が遠い目をして俺にヘッドホンを渡し、それを聴くのはさらに至福だった。
それから冬のイベントに二人のユニットとして申し込んだ。(註:夏過ぎには参加申込みが締め切られ、受かると秋に席番号の通知が来る)
サワーPは、サワーPとしての活動はまだ休止中で、あくまでそれとは別の二人ユニット名義での活動ということにした。サワーPの名前で大々的に出せばもっと告知できたが、二人ともそれはせず、互いの名前も最低限しか出さずに、新規ユニットとしてひっそり活動することにした。
それでもまあ、必然、どこからかそれは注目されて、ネット上でも「サワーP、活動再開?」というような小さな記事も出た。そこに246Pの文字も並列されているのは、何ともおまけというか邪魔者っぽい感じもして、サワーPファンに申し訳ない気もした。
* * *
そして、イベント当日。
いつもとはずいぶん違う席に配置されて、しかし、なじみの顔ぶれもなかったのは何だか都合が良かった。二人で手売りをして、わざわざ探して来てくれた互いの常連さんと、そしてまったく新規の、ふらりと寄っただけというボカロすら知らないお客さんにも売った。ブースで音を出すのは禁止なので、お客さんの自分のイヤホンジャックをこっちの端末に差してもらい、試聴してもらって、「わあー、かっこいい!」の声を聞いたら、さすがに顔がほころんだ。
「イケさん、やったね・・・何か俺、嬉しい」
「俺も嬉しい。こんな、差し入れまでさ。帰って作ろう」
「あのさあ、俺・・・」
「うん?」
「これさあ、・・・ツイッター上げてもいい?」
それは、サワーPの、活動報告ということになってしまう、けど、・・・本来、音楽を作ってる沢君がサワーPとして活動していて、その活動の写真を上げるのに、誰の何の許可がいるというのだろう。どこかのレーベルと契約してるわけでもないんだから、別に、自由だ。
スマホのカメラを構える沢君に「ちょっと、こっちゴミ、片すから」と、テーブルの上を片付ける。周りのブースはもっと飾り付けや看板なんかも本格的だけど、うちは簡素だ。
「あ、それじゃさ、アルバム、二人で持ってる感じにして・・・」
「え、こ、こう?」
「そう、イケさんそっち持って。よし、これで入る・・・ウシ、撮れた」
そうして、その場で沢君はその写真をアップして、俺も、サワーPをあらためてフォローした。
<246Pと、久しぶりの手売り。差し入れをいただいた。めちゃくちゃ嬉しい!>
(差し入れのホッカイロと鍋キューブ、二人の手がアルバムのCDを持っている写真)
そして俺の方も、今のようなポーズはしなかったけど、適当にこのテーブルの感じを写真に撮った。ほんの少しだけ、俺の手と、沢君の手が映り込む感じにして。
<久しぶりのツイート、生きてます。サワーPとユニットやってます>
(少しブレた、二人の手とテーブルに積んだアルバムの写真)
* * *
イベントから帰って、早速アルバムの感想がツイッターに届くのが、何より嬉しい瞬間。
これから数日、ぽつぽつと届くそれが、年末年始の唯一の楽しみ・・・だった、今までは。
「お、またコメントついた。『すごくいいです』ってさ、何か嬉しくない?もう俺、涙でる」
「それはいいけどさ、俺も嬉しいけどさ、沢君、だから鍋、作るんじゃないの」
「待って、ちょい待って、ねえこっち来てこれだけ見て」
ベッドに寄りかかってスマホ画面を目の前でいじる沢君。もうコンタクトを取ってしまっている。いい加減、眼鏡を買えばいいのに。
「え、なに、なに」
「これさ、ほら・・・『サワーPの今までの曲で一番いいかも』だって!あはは」
「・・・はは」
「これはもう・・・」
「・・・うん?」
それからもう、途中までは笑いながらユニットの成功を喜んで抱き合っていたものの、沢君が「次の曲も作りたい」とつぶやいたら、俺もそれで次の詞に頭が飛んでいって、互いにその情熱を身体にぶつけ合いながら、相手のそれを受け取りつつ、それを上回る何かを返しつつ、息切れしそうなほど高まった。
* * *
音というものがある。
沢君の身体の中と、そうじゃない場所の中にあるその世界を、間近でギリギリ、そのものではないとしても限りなくそれに近いものを見ることができるのは、とても嬉しく光栄で奇跡のような体験だ。
自分以外の存在から出てくる音を、これほど、これほどに・・・、・・・言葉にならない。
自宅で、ヘッドホンをしていない間でも246Pでいることができて、誰か自分以外の人間と音楽をやることができて、ただの右肩下がりの現状維持でなく、具体的目標を持って生きることができて。
こんな日が来るとは思っていなかった。
「沢君、次のアルバムのコンセプト、何にしようか」
「うん、次はね・・・」
(了)
とあるボカロPのコラボレーション あとみく @atomik
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