ジョン・ブライマーの最期

キロール

刺客、来る

 テイルの街を多く占めるのは荒くれた鉱夫どもだ。だからこの街に入るには武器の持ち込みは許可されていない。そいつが俺たちの飯のタネになった。


 テイルの街を拠点に仕事を働き、終われば鉱夫として働いていれば自ずと法とやらに守られる。何せお上が決めた法だ、役人に鼻薬を嗅がせれば連中は踏み込んで来やしないし、個人的な恨みを持つ野郎が賞金を懸けたってここには武器を持ち込めない。それに……仲間内ではひときわ大きなオークのジョンが目立っているので賞金は奴にかかる事が多い。現に何人かの腕自慢はジョンを目当てにやって来ていた。


 素手でオークの中でもでかい方のジョンに勝てる奴はいなかったが。


 そんな訳で結構安泰な生活を送っていた俺は、荒れ地の向こうからやってきたそいつを見て呆気に取られると同時にそこはかとない不安を感じる。手押し車にまだ五つかそこらの娘を乗せた、黒い髪の鋭い目つきの男を見た時から。


「テイルの街にはいかなる御用でしょうか?」

「ジョン・ブライマーを殺しに」


 ジョンは何人かいるがジョン・ブライマーはただ一人。


「……賞金稼ぎの方で?」


 違う。目の前の相手はそんな生易しいモノじゃない。多くの悪党を見てきた俺がそう思えるんだから、こいつは相当にヤバい。俺は口内にわいてくる唾を無理やり飲み込む。


「有体に言えばそうだ」


 そう告げて懐から羊皮紙を取り出して俺に示した。ああ、やはりこいつはヤバイ。俺の命すら危うい。だが、ここでこいつらを追い返す事は出来ない。奴が示した羊皮紙は認可状。街に入る者の武器を与るだけの管理官に過ぎない俺には、大貴族が与えた認可状には逆らえない。この者の行く手を遮るべからずとの文言は強烈だ。


「お、お子様連れ仕事を?」

「ああ」


 赤土のような色合いの瞳を俺に向けて、男は頷く。その様子が人間ではないように思えて微かに身震いしながら、俺は手押し車に乗っている娘を見やる。明らかに血は繋がっていない。娘の髪は色素の少し薄い金色でその両の目は緑色だ。ただ、目付きの鋭さは生来の物か男に似ていなくもない。俺は最後の望みを賭けていつもの説明を行う。


「テイルの街は気性の荒い鉱夫が多くて、ですね。武器の持ち込みは国の定めた法により禁止されております。お子様連れで街に入られるのはお勧めしませんが」

「気遣いは不要だ」

「……では、武器をお預けください」


 背筋から汗が流れ落ちて止まらない。だが、俺の言葉に男が頷くと、腰のベルトから下げていた片刃の剣を俺に差し出した。それを見てほっとしたのも束の間、娘が布に包まれたずっしりと重い筒状の物を手押し車の底から取り出して男に手渡す。お、おい……それって……。


「ドワーフ謹製の銃……」


 手押し車に収めていただけ、だよなぁ。まさか、この娘の武器と言う訳じゃあるまい……いや、そうであって堪るものか! だが、だが、目の前の連中はおかしい。明らかに何かが違う。


「ジョン・ブライマーはどこに?」

「……昼は鉱山、夜は盛り場かと」


 俺がそう告げると、手押し車に乗ったままの娘が俺を見上げて告げる。


「それは、オークのジョン」


 俺の口からひゅっと奇妙な音が漏れ出た。俺自身の呼吸音だろうが、あまりに怪しい。それでも俺は、差し出されたままの銃をひっつかもうとした。武器さえなけりゃ、生き残る目だってあるかも知れねぇ。だが、俺が両手で掴んだ銃を男の片手が未だにがっちり掴んで離さない。幾ら引き寄せようとしてもまるで動かない。こいつ……何て力だ。


「何を怯える」

「い、いえ、私は別に」

「最後に聞くぞ、ジョン・ブライマーはどこにいる?」


 くそ、こんな化け物を寄越すだなんて……。羽目を外しすぎたか? どこでドラゴンの尻尾を踏んじまったんだ? あの娘をバラしたのは俺じゃない。あのじじいをバラしたのも俺じゃない! なのになぜジョン・ブライマーはどこにいるって聞くんだ? どこだって? そんな物、決まってんだろ!


「ジョ、ジョン・ブライマーは」

「この人」


 娘が死刑宣告を言い放った。くそっ! くそっ! なんで分かった! 俺がジョン・ブライマーだとなんで分かったんだ! 恐怖と怒りに突き動かされ銃を奪おうと必死な俺は、不意に気付いた。男の片手は未だ自由で、男の武器はまだすべて差し出されていなかったことに。


 男が取り出したのは装飾の多い短剣だった。それを見て、男が誰に雇われたのか分かってしまった。


「あのガキ、生きてたのか……」


 俺がそう吐き出すと同時に、水平に突き立てられた短剣は迷うことなく俺の心臓を食い破った。


 自身の全ての武器を回収し、男は手押し車を押して荒野へと歩いていく。その背に俺は死力を振り絞って問いかけた。


「……何故分かった」

「悪党は多く見ているからな、私もこの子も」

「その年で、それほどの悪党を見るたぁ……行く末が……恐ろしいぜ」


 俺が血を吐きながらそうせせら笑うと男は静かに頷き。


「そうだな。だが、それがどうした? 我らはただ行くのみだ」


 ……ああ。

 やはりこいつはヤバイ。

 命は救えなかったが、俺の直観も捨てたもんじゃないな……。

 地獄への土産話にはなっただろう。

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