土人形みたいな僕だって 魂が込められれば生きていける。
管野月子
一つとして同じ物なんてない
あっ、まずい、と思った瞬間には白煙を上げていた。
とっさに「火が上がる!」と側のぼろ布を
やっちゃった、という顔でカレンが小さく舌を出す。
もぅ……これで何回目だよ。
「今度は上手くいくと思ったのになぁ……」
「思ったのにな、じゃないよ。素材の鉱石だって幾つもあるわけじゃないんだ。いい加減、思いつきで試すの止めろよな」
「そんなふうに言わないでよぉ」
可愛く口を尖らせる。
僕は
あぁぁ……余計な仕事がまた一つ増えたよ。いつになったら、僕は彼女の前衛的試作の失敗に、つき合わされずに済むのやら。いや、彼女が失敗しようが何しようが、無視して自分の作業を続ければいいだけなのだが――そこは、やっぱり放って置けない。
なぜか嫌だという気持ちになりきれない。
つまり……この余計な仕事は、自己責任だ。
「ウォーレスだってまだ成功してないでしょう」
「僕は、ちゃんとデータを取って、少しずつ、前進してるよ!」
「楽しみぃ、ウォーレスと私のゴーレム、どっちが先に完成するかな」
「僕のだね。君のはいつまでたっても、ただの土人形だよ」
「
メモを取り、ぽいっ、上着を脱いで伸びをする。
窓からの陽射しを浴びてきらきらと輝く金色の髪。すらりとした白い手足と、程よく育った胸やくびれた腰。神秘的な色合いの若草色の瞳。
こんな石壁の、薄暗い研究室にこもって、昼夜を問わず土人形をこねるなんて似合わない姿だ。
言ったら怒るけどね。
怒っても直ぐに忘れるかな。今も、さっきの失敗なんか気にも留めていない顔でいる。
「ねぇ、ご飯、食べに出ない?」
身を乗り出して僕の顔を覗き込んでくる。
彼女の夜空の果てに煌めく星のような瞳に、僕の、跳ねた鉄錆び色の髪と、埃に塗れた浅黒い顔が映る。
魂の無い、
思わず目を背ける。
僕みたいな職人としてしか身を立てられないような、ぱっとしない男に彼女は眩しすぎる。
「僕はいいよ。試作品発表の日まで時間がないんだ。錬金術師の資格を取るには絶対外せない課題なんだから、こんな所でまごついているわけにはいかないんだよ」
「そーだけどぉ、根を詰めすぎたら、いい発想も浮かばないよ?」
「僕は勘に頼ったりしないで、確実に、理論と分析で完成させるからね」
「はいはい、んじゃ、がんばってねぇ~」
いつものやり取り。
いつもの答え。
彼女は軽く手のひらを踊らせて、
軽快な足音が遠くなり、やがて聞こえなくなる。僕は恨めしそうに机の上の土人形を見つめる。
「あぁぁあ! もぅ! 何だっていうんだよ!!」
僕は……盛大なため息をついて、近くの椅子に乱暴に座った。
行儀悪く机に脚だって乗せてやるぞ。くそっ!
「どうすればいいんだぁあああ!」
カレンには大きなことを言ったけど、正直、行き詰まっている。
進展なんて無い。
彼女と同じ研究室を割り当てられて早十日。そりゃあまだ、見習いにもなっていない学生が、二人で使える部屋を貰えるなんて、ラッキーもいいところだ。この機会に最高の試作品ゴーレムを造り上げて、トップの成績で課題をクリアしたい。
だというのに。
「何が上手くいかないんだ?」
大昔は、学者が祈祷をして土をこね、呪文を唱えてゴーレムを造り上げた。けれどそいつは知能が低く、額に刻んだ呪文が消えると、簡単に崩れたり狂暴化する、お世辞にも出来のいいものとはいえなかった。
今、僕らが制作しているのは、後の学者が研究に研究を重ねて編みだしたもの。
土人形にも、硬く美しい魂が必要なのだと。
体内に呪文を刻んだ鉱石を配列することで
「石だって、一つとして同じ物なんてないからなぁ……」
成分から硬度に比重、色合いに屈折率。
同じ種類でも、全く同じ石などない。まるでこの世に溢れる人のように。
それを組み合わせようっていうんだ。
性能の低い物ならともかく、人と会話ができるレベルの物を作ろうと思えば一点物。職人の芸術品。とも
理論と
ため息が出る。
瞼を閉じると、数式よりもカレンの姿が浮かんでくる。
かなり大雑把な性格でも、明るくて、失敗を恐れず、くよくよしない。彼女に好意を持ってる男の一人や二人や……十人や百人がいてもおかしくない。実家だって、確か名のある工房の一人娘だと聞いた気がする。
「なんでこんな所にいるんだろうなぁ」
カレンと僕は、いわばライバルだ。
気を許していい相手ではない。
カレンにしてみれば、こんなパッとしない男と四六時中一緒に居て、楽しくなんかないだろうな……なんて思うと、気持ちまで後ろ向きになってくる。
隣同士で並ぶには、あまりにも不似合いな――正に、不具合を起こして、いつか爆発してしまうんじゃないだろうか……と思うような配列だ。
僕たちは土人形という、その存在だけで繋がっている。
「不具合……配列……土人形」
ふ、と瞼を開く。
その目と鼻の先に、カレンの顔。息がかかる!
「うわぁああああ!!」
「なぁーんだ、起きちゃった!」
「近い! 近いってば! って、寝てないし!」
「うそ、私が近づいても気づかなかったくせに」
気づかなかったけど、それは、考え事をしてからだっ!
「まぁいいわ。はいっ、差し入れ。頭にも栄養入れないとね」
「う……わりぃ……ありがと」
「よろしい」
そう言って、僕の手の上に包み袋をのせる。
温かい。香ばしい匂い。
包みを開けなくても分かる、麦の平焼きパンに野菜や肉を合わせた焼き包みだ。このソースの匂いは……最近、学院の近くにできた屋台の物。僕がハマって、七日連続で買っていたから覚えちゃったのかな。
「温かいうちに食べてよ」
「食べるよ」
「それで、
側の椅子に座って肘をつきながら顔を見る。
僕は視線を逸らして言葉を濁す。
「あぁ……いや。何か方法はありそうな感じなんだが……」
言いかけて、先ほどのことを思い出した。
「そう言えば、さっき爆発した時の鉱石配列、データは取ってるよな?」
「あるよ。見る?」
「見ていいのか?」
「見たいのならどうぞ」
それこそ何の
彼女は僕のことなど、ライバルとも思っていないのだろうか。なんて思いが一瞬よぎったが、見せてくれるというのならここは素直に受け取る。
「へぇ……」
一読して思わず声が漏れた。
綺麗な文字だ。
細かく、びっしりと、しかも要点をついている。配置はてきとうでも、記録はしっかりしてる。だったら、そこから推測して次の手を打てばいいのに、そうしないのが彼女の性格か。
そして僕は、それらの配置や数値を見て確信する。
「さっき爆発した時の鉱石……を使って、試してみたい。モノは割れてないだろ?」
「ええ、大丈夫。使っていいわよ」
即答。僕の方が驚く。
「……ホントにいいのか? ライバルが成功しちまうかもしれないのに」
「面白そうじゃない。このデータを見て、何かひらめいたんでしょ?」
そう言ってカレンは微笑む。
「あのね、お父様の工房には、腕利きのゴーレム職人が何人もいるの。その中で私は育ったのよ。小さい頃からどんな職人がどんなゴーレムを生み出すのか、私は知っている」
自信を持った表情。
目が離せなくなる。
「初めてあなたを見た時の直観を、私は信じている」
ただ綺麗だからというだけじゃない、理由や理屈で説明できない何かが、僕の中に湧き上がってくる。生まれていく。
「今はまだ失敗ばかりでも、ウォーレスの物の見方、考え方、判断力……決して妥協せずいいものを造り上げようという
拳を握り、力を込めて言う。
今まで説明のできなかった感覚が、言葉になる。
僕は――彼女が好きだったんだ。
「わかった、やってみるよ」
強く強く頷き返す。
この課題はきっと成功する。
それは、直感なのか直観なのか、分からない。いや、どっちだっていい。僕たちが目指すものは変わらないのだから。
土人形みたいな僕だって 魂が込められれば生きていける。 管野月子 @tsukiko528
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