第6話
翌日はキイナの家に放課後寄って、一緒に差し入れを作って運んでから
「コーヒー
たまに彼が顔を出して、コーヒーや紅茶を持ってきてくれるので、そこで少し休憩しておしゃべりしたりして、また仕事して、キイナが夕飯を持ってきてくれたらリビングで夕食を一緒にとる。だいたいこのパターンに慣れてきていた。休憩時間分もちょっと上乗せして残業してから帰るようにしていたので、日に日に時間が伸びていった感じはあるけれど、結局門限はいつの間にか十一時まででもOKになっていた。
それでその日、そろそろ帰ろうかなと支度していたら、
「カンナいる?」
珍しくキイナが玄関のドアの向こうからノックして声をかけてきた。
「まだいるよ、どうしたの?」
私が内側からドアを開けると、キイナが困惑したように立っていた。
「
「え?」
「今さっき聡子の家の人から聡子が来ていないかって家の電話に連絡があって、聡子から連絡が来たら知らせてほしいって言われた。何か着替えとか色々持っていなくなったみたい。カンナの家にも電話がいってるかも」
私は切っていた携帯の電源を入れてみた。
「私の携帯には何も来てないけど、一応、家族からこっちに連絡来たよ、って知らせるメールだけ送っといた。まだ返信はない」
私たちは互いにちょっと黙った。
「大丈夫かな」
「聡子が自分で決めたことならうまくやるんじゃないかな」
こりゃ、本気で駆け落ちしたかな──
互いにそう思っていたけれど、なんとなく黙っていた。
「とにかく聡子からの連絡を待つしかないよ。助けが必要なら、その時に考える」
「うん、そうだね」
キイナは帰り間際にごめんね、また明日学校で、と言って母屋に帰って行った。私はそれを見送ってから中に戻って帰り支度をしていた。
「どうしたの? 何かあったの?」
そこに聖一さんが顔を出したので、
「うん、何か友達が家出したみたい。キイナがそれを知らせに来たの」
「へえ、そうか」
「じゃあ、今日はこれで帰ります。お先に失礼します」
私が帰りの挨拶をすると、彼はちょっと待ってて、と言って、車のキィを持って戻ってきた。
「一区切りついたとこで気分転換に外出しようかと思ってたんだ。ちょうどいいからドライブがてら送ってくよ。遅くなったし」
「あ、じゃあお願いします。ありがとうございます」
駅まで乗せてってくれるのかと思って軽くお願いしたら、家まで送ってくれた。高速にのってそのまま私の自宅の方へ向かうので驚いたが、
「契約書に住所書いてあったからある程度まではわかるけど、一応ナビに住所を入力しておいてくれる?」
そう言われて、ナビに住所を入力した。
そのまま彼の運転する車で自宅まで送ってもらい、帰宅した。
翌日聡子はお休み。連絡はなし。
何か協力できることがあるなら知らせて──
それだけ互いに聡子へメールしといた。
「なんだか、このまま聡子はもう戻って来ないかもって気がしてきた」
キイナがそうぼんやりと言っていた。
二人で屋上へランチに来ていたので、二人で何となく空に浮かぶ雲をぼうっと
雲がかたちを変えて流れていくのを二人で黙って見上げていたら、
「
「葉月、もうご飯食べたの?」
手ぶらの彼女に訊くと
「うん、外の空気すいに来ただけ」
「一緒に座る?」
キイナが葉月の為にちょっとスペースをあけると、
「ありがと」
葉月は屈託なくそこに腰を下ろした。
「今日はここでお昼食べてたんだね」
葉月がそう言って私たちを見たので
「うん、ちょっと気分を変えたくて」
「もう一人の子は?」
「休み」
「ふーん、そういえば昨日、彼女を見かけたよ」
私とキイナが思わず
「えっ?!」
と食いつくように葉月を見て言ったので
「何かあったの?」
それでキイナが答えた。
「聡子と連絡とれないの。昨日どこで聡子見たの? それって何時頃?」
葉月は私たちをちょっと見て、それ
「昨夜11時ごろ。場所は近所のコンビニ。私は外から見ただけだけど、男性と一緒にいたみたいだった」
「そう」
「元気そうだったよ」
葉月が私たちを気づかうように言ったので、キイナがホッとしたように笑った。
「そっか、ありがとう。教えてくれて。よかったよ」
放課後迎えに来た
「昨日どこに行ってたんだよ? 車で帰ってきただろう」
「キイナのお兄さんに送ってもらったの。バイトしてるって言ったでしょ」
「ふーん」
陸が私の手を取ってさっさと歩き出したので、私は少し後を追うように早足で歩いた。すたすたと先を歩いていくのでいつの間にか私は引かれるように小走りになっていて
「ちょっと、もうちょっとゆっくり歩いてよ」
「あ、ごめん」
足の長さが違うからな、と言って陸はにやにやした。
むっとしてると、ちょっと優しい態度になり、
「どっか寄って行きたいとこある?」
「特にないけど、陸は?」
「腹が減った。何か軽く食べたい」
帰り道に何かよさそうなお店を探していたら、マンションのある駅の近くで移動販売車がクレープを売っていた。甘い匂いに誘われて、そこで陸が今自分が食べる分と後でみんなで食べる分のクレープを買った。近くのガードレールに並んで座って、他のカップルや学生たちのグループに混じってそれを一緒に食べた。陸がちょっと食べる?と親切に差し出すので、その度に一口もらっていたら美味しくって、結局半分くらい食べてしまった。
「おまえのちょっとは半分なのか」
「いやならすすめんな」
「仕方ない、もう一個買おう」
「じゃあ、私が出すよ」
「よし、選ぶのはまかせる。半分にしよう」
それで今度はアイスクリームが入ったのを買って、スプーンつきだったのでそれでつつきながら、半分ずつ食べていたら、移動販売のお兄さんがにこにこしてこっちを見ていた。それで帰り際に手招きするので何だろうと思ったら
「たくさん買ってくれたから、これおまけにあげるよ」
と売り物の可愛らしいクッキーを一袋をくれた。
「ありがとうございます」
お礼を言って私たちは気分良く帰った。陸が私の手を取って少し先を歩くので引かれるようにして後をついて行っていたら、雑貨屋さんのお姉さんがちょうど店の外にいて
「あら」
と言うので、
「こんにちは」
私が
「兄妹仲いいのね」
にこにこしてそう言われたのでははは、と笑ってごまかしたが、通り過ぎてから陸が
「あそこで海がマグカップ買ったんだっけ」
「そう、それで私たちは実は三つ子だとかばかみたいなうそ言ってたの」
「案外それで通用するならそれもいいかもなあ」
陸がそう言って振り返って私を見た。
「そういうことにしたら、三人でずっと一緒にいても誰にもモンク言われないだろ?」
ちょっと黙って彼を見上げていたら、また彼はそのまま前を見て歩き出した。
マンションのエレベーターの中で二人きりになった時、陸は私に
「神奈、本当は気にしてるだろ」
ほんとうは、ちょっとだけ、周りから言われることに対して罪悪感のようなものを感じずにはいられなかった、それを指摘されているのだ、とすぐにわかった。それで私は、そのままを答えた。
「言われることがどうとかより、これはそもそもなんか間違えた関係性なのかなって、気になっていたのはある」
目的階について、陸は私を先に降ろしてからまた手を引くようにしてドアの前まで行き、鍵を開けて私をなかに押し入れるようにして入れると、
「これ、冷蔵庫に入れといて」
お土産の袋をわたし、
「ちょっと頭冷やしたいからシャワー浴びてくる」
浴室に行ってしまった。
一人残された私はコーヒーメーカーをセットして、勉強道具を出したり、リビングの窓を開けて風を入れたりしていた。マンションの裏手が大きな公園なので、ベランダからは木々のこんもりした緑が見渡せた。風が吹いてきて気持ちがいいので室外に出て手すりによりかかりながらなんとなくそれを見おろしていた。様々なグラデーションの緑がきれいだったので、見とれていた。それらは時折、風に揺すられてざわざわと一緒に波になって頷き合ったり話し合ったりしているみたいだった。
「いないから帰ったかと思った」
陸がいつの間にか隣に来ていたので、ぼうっとして時間を忘れていたようだ。
「勉強道具も鞄もあるじゃない」
「置いてったのかと思った」
「何でわざわざそんなことするのよ」
陸は黙った。
お風呂上がりの彼からは清潔ないい匂いがしていて、髪がまだ濡れたままだったので
「乾かしてきなよ。風邪ひくよ」
「うん」
素直に室内に戻っていく陸を見送ってから、私はまた公園の緑をしばらく見ていた。特に何も考えてはいなかった。ただぼうっとしているのが気持ち良かったのだ。それで風景も十分
「あ、忘れてた」
「少し煮詰まってるかも。
「いいよ、それ飲むから。陸こそ新しいのがいいなら淹れ直そうか?」
「いや、これがいい」
「じゃあ、それで」
香が飛んでしまった苦いコーヒーをすすりながら二人でリビングで勉強した。しばらくして海が帰って来てリビングに顔出してから浴室に行ったので、それを見送ってから陸が教科書に目を落としながら静かに低く落ち着いた声で言った。
「正しいも間違いもないと思う。俺たちがいいならそれでいいんじゃないの」
私が顔を上げると、陸も顔を上げてこっちを見た。
「
「何でそう思うの」
「じゃあ何で、海に
私はちょっと言葉に詰まった。
「ちょっとからかわれたくらいで神奈が泣くか? 普段のお前なら100倍にして言い返すとかするだろう?」
「ちょっと失礼じゃない?」
「でも、そうだし。煽られて泣いたんだったら、それが本当のことだったからじゃないの? これは単なるカンだけど。認めたくないか認めづらい真実か何かがそこにはあったから、理性よりも先に感情が爆発したんじゃないの?」
そんなの知るか。
私は心の中であくたいをついていた。
口を引き結んで黙りこんだ私に、陸は続けて言った。
「神奈がそうやって黙りこむのは、なんか都合が悪いことがあるか、自分でもまだよくわからない何かがあるからだろう。昔からそうだったじゃないか」
陸は静かにそう言った。
それから少し優しい声になって
「別に責めてないよ。煽ってもない。ただよく考えてみてよ。神奈は何で、そうまでして踏みとどまろうとしているのか、何が障害になっているのか。それが単に世間一般の何か基準から外れているからとかそれだけのことなら、それって、そんなに大切なもの? それで誰かや何かにどんな迷惑がかかるの? たとえそうだとしても、それってそもそも、俺たちや神奈がそこまで面倒見ないといけない
何だか
「そんなふうに見ないで」
私が言うと、陸は
「なんで?」
「何か落ち着かない」
「じゃあ、神奈が目を閉じたら? 俺が見えなくなればいいんだろ」
「そういうことじゃないよ」
それでもまだ陸が私を見ているので、私は立ち上がってキッチンにコーヒーを淹れに逃げた。なんかもうだめだ、逃げたい。耐えられない。もうやだ──でも、なんで? なんでこんなに落ち着かない気分にさせられるんだろう。私は、海が指摘したように怯えているんだろうか?
古いコーヒーの残りを捨てて新しく淹れ直していたら、海が着替えを済ませて出てきた。
「おまえ昨日どこ行ってたんだよ。男と帰って来ただろう」
開口一番にもんくつけるように言ってきたので、むっとして言い返した。
「バイトだよ。キイナのお兄さんのところでバイトしてるって言ったでしょ。遅くなったから送ってくれたんだよ」
「ふーん」
海が私をじっと見ているので、また落ち着かなくなって私は言った。
「なに?」
「もしかしてそいつって、前に話してた憧れてる人ならいるとか言っていたやつじゃないの?」
「そうだけど。何が言いたいの」
海は私をじっと見下ろすようにして見ていた。
「なに?」
「陸ならいいけど、他のやつはだめだからな」
「なんでそんなこと決められないといけないの。それにいいって何がよ」
「男として見ること」
「そんな風に見てないよ」
あきれて私が言うと、海は
「ならいいよ」
言って冷蔵庫からミネラルウォーターを出して、そのまま大きなペットボトルから飲んだ。
「何で許可制になってるのよ」
「何でも」
言って海は飲み終わったペットボトルを冷蔵庫にしまう。
「俺や陸が神奈のことを好きなの知ってるんだから、それくらいしてくれてもいいだろ」
むちゃくちゃなこと言ってるなーと思いながら黙ってたら、
「純情な俺たちのいたいけな心をもてあそびたいのかよ」
「だれが純情なのよ」
笑いながら海は自分を指さし、そのままのんきに鼻歌を歌いながらリビングに行ってしまった。
どこまで本気なのか冗談なのかわからないやつだ。
なんだか海とのやり取りでちょっと気が抜けた私はマグカップを回収し、コーヒーを淹れ直してリビングに戻った。三人分のマグカップを置いて、それで静かに三人で勉強をした。
「夕飯どうする? 作り置きは揚げ物だったけど」
「なんかカレーが食べたいなあ」
海と陸が言っているそばで、私は黙々とノートにペンを走らせていた。私の家のカレーは刻んだセロリと玉ねぎをじっくり炒め、野菜や果物、ココナツミルクなどを入れて、そのときにある肉やシーフードでカレー粉は市販の物を二種類以上使って作る。それは口当たりは甘いと同時にのどの奥でかなり辛いというシロモノで、海と陸は何故かとても気に入り、リクエストされて私はよく作ったのだ。
「じゃあミックスフライとカレーでいいんじゃない」
海が言って、私に
「それでいい?」
ときいてきたので、いいよ、と返事した。それできりがいいところで立ち上がって二人に訊いた。
「材料あるの? 足りないもの買ってくるよ?」
「じゃあ一緒に行く」
「いいよ、一人で行くから。それにちょっと一人になりたい気分なの」
私がはっきりそう言うと、彼らは私を見上げた。
「じゃあ、頼むよ」
そう言って海は私に買い物代に五千円札を渡した。
「別にいいのに」
「じゃあ、あとよろしく。待ってるからな」
「金持って逃げるなよ」
「人を泥棒みたいに」
むっとする私に二人は笑って行ってらっしゃいと手を振った。
マンションを出るとちょっとほっとした。
なんだかんだと緊張で肩が重くなっていたのに、外に出てみて気づいたからだ。こきこきと首や肩を回しながら近所のスーパーに行き、かごを持ってメモしてきた材料をぽいぽい入れていたら
「あらまた会ったわね」
顔を上げると雑貨屋さんのお姉さんがカートを押しながら微笑んでいる。
「お夕飯のお買い物?」
「そうです。材料が足りなかったので買い出しに」
「自分で作るの?」
「あ、はい。勉強の合間にみんなで作って食べるのも楽しみなので」
「へえ、えらいわねえ」
言ってお姉さんはお惣菜やお菓子が自分のカートに入っているのに目をやり
「私も見習わないとね。でも明日からにする!」
私が笑うと、彼女も笑った。
「お兄ちゃんたちにもよろしくね」
彼女は私に優しく微笑んで手を振り去って行った。
──そういうことにしたら、三人でずっと一緒にいても誰にもモンク言われないだろ?
体裁のいい嘘や
でもそれはそもそも人に説明したり証明したり開示しなければならないことなのだろうか? そうまでして受け入れてもらったり手にしなければならない好意ってそもそも何だ? それはそんなに大切なもの必要なものなのか? そもそも人からあれこれと詮索されたり指示されたりしないといけないようなものでもないのに、何でそれを気にしないといけないようなことになってしまうのか?
あれこれ詮索したり指示したり言いたいことを言う人は、そうすることが自分にとって都合がいいから勝手にそうしているだけなのに。そんなことまでこちらが面倒を見る必要などないのに。
レシートとおつりをビニールの小袋につっこんで、食材の入った買い物袋に投げ入れ、なんだかのしのしと夕方の帰り道を歩いた。明るく照らされた日の名残り。日常の義務からのちょっとした解放感。帰宅する人々のゆるんだ顔や家族の待つ家へと帰っていく子供たちの遊び疲れて満足したような表情を私は夢の景色のように眺めた。
途中、真っ直ぐに二人の待つマンションへは帰らず、高台にある街を見下ろせる丘に寄り道した。手すりに腰掛け、肉などのすぐに傷む食材があったわけではないので、そこで人々が息づく街をやさしく照らす夕陽をぼんやりと眺めた。ちょっとしたエスケープ。夕陽に照らされた街はいつもよりほんのりとあたたかく、そしてちょっと淋しい感じがした。私はそのまま不思議な光の色彩で美しく彩られた夕焼け雲をただひとり満足するまで眺めていた。これから沈んでいく太陽が最後に圧倒的な光で織りなす美しい光景は、いつの間にか小さく小さく身を守るようにかたくなになっていた私の心までもあたたかくやさしく照らし、そしてなにかおおきなものへと解放していった。
「なんか一周まわって戻ってきたみたいだけど、
そうひとりでつぶやいて、私は二人の待つマンションへ帰った。
悪魔だ下品だビッチだのと言われても私が平気だったのは、実際にはそんなことしてなかったからだった。二股かけてるわけでもないし、つきまとってもいないし、誘惑してもいない。だいたいまず異性として見てなかったから。
でも、その一線を越えたら──細かい事情はどうであれ結果としてそれが事実になってしまったら──それでも平気でいられるかわからなかった。あれこれ好きなことを言うひとたちには全く関係のないことだと分かっていても、動揺したりするかもしれない。傷つくかもしれない。実際に本当になりそうになってきて、罪悪感をちょっと感じ始めたくらいだから、影響を全く受けないでいるのは難しいかも。なんかそんな不安が自分にあったみたいだけど、それもなんかどうでもよくなってしまい、気づいたらあっけなく
「霧が晴れるってこういうことを言うのね!」
なんだか晴れ晴れとして帰宅してきた私に、海と陸は
「なんかあったの?」
「べつに。ただ目が覚めただけ」
「まあいいや、機嫌なおったみたいだし」
写真や動画を拡散させた子たちに対して一応それなりの慰謝料を請求して、謝罪を要求することや海や陸や私に対して
元の写真や動画は、自分たちの仲間や味方がそこから先ドンドン勝手に拡散していっただけなので、自分たちにとって大したことないと思ったのか、あっさりそれはみんなOKしたらしく、これではあまり贖罪にはならないし罰することにもならないと二人は不満だったみたい。
私としては、もうなんかどうでもよかった。
たまに思い出して腹が立つこともあったけれど、それも怒りにまかせて好きなだけ怒っていたし、それで八つ当たりしたりしないように気をつけるくらいで、彼女たちのしたことやなんかを理解したり許そうとしないで、罵りたいだけ罵ったり悪態をついた。心の中でだけど。面白かったのは、それはたいていお風呂に入っている時だったり、眠る前とか、一人で内省している時だったりしたので、それであまり誰かや何かに迷惑をかけることなく静かに(?)怒り狂ったり
罰当たりなことに朝の礼拝堂で聖像なんかを前にみんなで祈っているときに、たまにむかついてどうしようもなくなったりして、Go to hell!! Go to hell!!! Go to he~ll!!!! などと怒りのままに呪いを心で唱えている(?)ときもあったけれど。
そんなふうに怒りたいだけすきに怒り狂う自分の感情のアップダウンを見ている方が、なんか面白かったのもある。ちゃんと傷ついてはいたし、毒には毒で対抗するくらいのものを自分でもちゃんともっているんだなあ、と、自分で自分に感心した。
それでそんなことを一通り済ませた後だったので(?)、もうどうでもよくなっていたのだ。
聖一さんのところでバイトするようになって、彼とはちょこちょこと合間に
自然のプロセスに自分を解放すること。もう無理しなくていい。許せないものを許そうとしなくていい。許せないものはそのままその感情ごと自然のプロセスの中に開放してしまえばいい。誰かや何かを無理に理解して許そうとするよりも、それらを自分に許すことの方がずっと大事だってこと。それを理解することの方がずっと大事だってこと。
私たちはあらゆるものとつながっていて目に見えない思念や感情までもそれは自然の一部だから、解放することでそれらはいくべきところへいき、
何の話からそうなったのかはもう覚えていないけれど、量子的なリアリティとかなんかそんな話だったように思う。内容的にその時の自分のどこか奥でエコーする感じがあったのでこの部分はよく覚えていた。
なんか不思議な人だなあ、でも面白い。彼の話はたまらなく私を惹きつける。
私の彼に対する印象は、そんな感じだった。
蒔いた種が芽を出し、花や実をつけ、その実が熟れて自然に落ち、中に詰まった種がまたばらまかれる──要はそんなものだったのかもしれないが、意外なところから意外な
海や陸が撮った罵詈雑言の(私に対してはあんたとかおまえだったし、海と陸の名前の部分は念のためカットして編集した)証拠映像を添付した謝罪メールは、約束通り彼女たちが自分たちが元の誹謗中傷メールを送信した先に一斉送信されていた。ただ、何というか、折悪しくその送信先の端末が何らかの悪意あるウィルスに感染していたようで、その端末内に保存されていたアドレスに一斉に端末内の送受信メールが送られると同時にそのウィルスも拡散したので、ドミノ倒しのような悲劇の連鎖になった。感染端末と送受信した端末でも同様にそれが繰り返され、そのメールの中には、いじめや嫌がらせに関わるものがけっこうあって、別のところで自爆を繰り返すことになったようだった。中には特に悪質なものもあって裁判沙汰になったりしたみたい。どうやらその中の何人かが親子ともども集団ストーカーや色々な嫌がらせをするようなカルト集団にも関わっていて、そっちの方でも色々事件を起こしていたらしく、社会的信用も失い経済的にも大打撃を被ることになったケースもあったらしい。結果としてかなりシャレにならないものになってしまったのだ。
そして、それと同時に拡散されてしまった謝罪メールに添付された罵詈雑言の証拠映像は、何というか、奇妙な経緯を
加工された動画のタイトルは desperate で、必死な、死に物狂い、絶望的な、やけくそな、みたいな意味だったけど、動画には怪獣映画や悪の帝王のテーマ曲などをBGMに、怪獣や猛獣の
もちろん私も海も陸も何もしてないけど、まあ、
しばらくして、意外なところからまた意外な話をきかされることになった。
それは授業をさぼって礼拝堂で咲良とお喋りしている時に発覚した。
「タワーの天辺で羽根枕を切り裂いてなかの羽根をばらまいたあとに、それを全部回収しろと言われてもそれを全て回収するのはもう不可能でしょう。結局自分たちがしたことが1000倍くらいになって返って来ちゃっただけじゃないの」
咲良は笑ってそう言ってから、ちょっとまじめになって
「実は、神奈の話をちょっとした話題のつもりで友人たちに話してしまったのよね、私」
咲良の追っかけというか取り巻きみたいな趣味仲間に、ギークな人たちもいて、どうやらその人たちが何らかの方法で関わっているらしいということを言われたときは、ちょっと冷や汗が出そうになった。
「どこかのクレージーな天才が作ったウィルスにまた別のクレージーな天才が作ったウィルスを掛け合わせてできたウィルスで仕掛けを作ったみたいだけど、詳しいことはわからない。投稿動画の方は、ちょっとした冗談のつもりだったみたいだよ。まさか私もそんなことになるとは思わなかったけど、まあ、因果は巡るってことでいいんじゃないかな。結局は明るみになってよかったことがあったみたいだし」
けろっとしてそう言われて、私はとりあえずこの話はここだけのことにしとこうね、と咲良と言い合った。
結局私は海と陸の二人と恋愛関係になった。
つきあおうとか特に言ったり決めたりしたわけではないけれど、自然にそうなった。
でも海や陸が私を好きになったのは、先ず何よりも彼らの基からある関係を壊さないから、だったんじゃないかな。彼らは自分たちの基盤にある関係をまず大切にしたかった。壊したくなかった。それで彼らの関係を壊そうとするでもなく、より関係を安定したもの
前編 終り
triangulate 前編 天水二葉桃 @amamihutabatou
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