直観スキル9999の勇者

乙島紅

直観スキル9999の勇者



 買ってきたばかりのゲームがバグっていた。


 数分前――俺は確かに「NEW GAME」を選んでゼロからゲームを始めたはずだった。なのにオープニングが終わってメニュー画面を開いてみたら、主人公(のちに魔王と戦い勇者と呼ばれる運命だが、今はまだ辺境の村の青年だ)のステータスが何かおかしかった。


 主人公 Lv.1

 HP  1000

 攻撃 100

 防御 100

 知性 100

 会心 100

 敏捷 100

 直観 9999

 

 ……どゆこと????


 そもそも「直観」ってなんだよ。改めて言われるとよくわかんねぇよ。


 俺は思わず辞書を引いた。


 推理によらず、直接的・瞬間的に、物事の本質をとらえること。……それを「直観」というらしい。


 RPGでどう生きるのか知らないが、まぁステータスが低いよりはいいか。何よりテスト期間ずっと我慢してたんだ、早く遊びたい。


 この時の俺は特に気にせず、どうせ表示バグか何かだろうとたかをくくってゲームを進めようとした。


 だが、思いのほか主人公はすぐにその直観力とやらを発揮してきた。


「……もうすぐ村が焼かれる」


 育ての母の依頼で村の近くの森に薪を集めに行く途中、主人公が突然神妙な顔で語り出した。


「だって妙だと思わないか。こんな平凡な村に住む平凡な人間が主人公に選ばれるなんて」


 いや、直観9999ですでに平凡じゃないけどな。ていうかこいつ自分のこと主人公って自覚してるのかよ。


「平凡な人間が主人公の資格を得るにはおおまかに分けて2パターンだ。実は平凡に見えて平凡じゃないパターン……伝説の勇者に選定されたとか、親が伝説の戦士で無意識にその運命を辿るとか、生まれが特殊なことが多い。この場合はなんらかのステータス異常があったり、身体のどこかに謎のあざや紋章があるものだが……残念ながら僕にはそれがない」


 えっと、だから直観9999が、


「となると考え得るのはもう一つのパターンだ……突然悲劇に会い、大切なものをすべて失う。そして復讐のためのダークヒーローとして立ち上がる。ああ、僕はきっと後者なんだ……」


 悲壮な表情を浮かべた主人公の長いモノローグが終わった。

 なんだったんだ、今の。

 村が焼かれるかどうかはさておき、ゲームというのは与えられたミッションをクリアしなければ先に進むことはできない。俺は主人公を森の奥まで操作して、薪を入手した後に村へ戻ることにした。


 ……そしたら本当に、焼かれていた。

 主人公の村が真っ赤に燃えて、NPCたちの気配が一切なくなっている。


「はは……ははは……やっぱり思った通りだ……僕を主人公にするために、母さんや村の人たちが…………」


 主人公は泣きながら、ダークヒーローさながらの乾いた笑いを浮かべていた。

 というかネタバレなんですけど。主人公自らネタバレしてくるってRPGとして最悪なんですけど。


 主人公はよろよろと火の手が上がる中を歩き、地面に落ちていた布切れを拾った。それは燃えた旗のようだった。黒地に狼の紋章が描かれている。


「これは、最近この近くを荒らしまわっている盗賊団ブラックファングの旗……」


 おお、ってことは次はそいつらのアジトを突き止めて戦う感じか。


「だけどこれはフェイクだ」


 ……はい?


「旅立った主人公がボスとの戦い方を覚えるためのチュートリアルみたいなものだ。こんなちっぽけな奴らが仇なら苦労はしない、大作RPGのパッケージとして売られるはずがない。たぶん、奴らの裏に……黒幕がいる」


 それだけ言って、主人公のモノローグが終わった。


 ……いやさ、まぁ俺だってそれなりにゲーマーだからさ、プレイ時間から逆算して今物語のどのあたりかを考えることはあるよ? あるけども、無知な主人公と一緒に冒険を進めながら少しずつ謎を解明していくってのがRPGの醍醐味じゃない? そのプレイヤーの楽しみを主人公が積極的に奪わなくても良くない? ねぇ?


 早くも主人公のことを嫌いになりかけている俺だが、これはこれでクソゲーとして話の種にはなるかもしれないと思い、示された目的地へと進んでいく。


 盗賊団のアジトに入る直前あたりで、ありがたいことに旅の商人と出会った。


「君なら分かるよな? ここでアイテムを補充できるってことは、もうすぐボス戦が近いってことだ」


 うるせぇ。


「故郷の村に売っていなかった『まひなおし草』が売られているってことは……」


 はいはい、どうせボス戦で必要になるんだろ。


「ああ、よく見ればここに僕じゃ装備できない杖と女性もののローブが売られている。きっと将来僕のお嫁さんになる人が盗賊団に囚われているに違いない……! 早く、助けてあげなければ……!」


 話が飛躍しすぎているし、目的が変わっているぞ、勇者。


「あ、ちょっと待て! アジトに入る前にセーブをしておいてくれ。君のことだから、セーブを忘れてデータが飛んだらやる気を失うなんてことも――」


 ブチッ。


 勇者の言葉の途中で俺はゲーム機の電源を切った。

 心配されなくてもやる気ならとうの昔に迷子である。


 あーあ、中古ソフトとはいえ金の無駄だったな……。


 そっとパッケージに貼られた値札シールを剥がし、ソフトを丁寧にパッケージの中に戻す。元は取れないだろうが、なんだか腹立つし売ってしまおう。




 後でゲームショップの店員から聞いたのだが、このゲームを売るのは俺で9900人目らしい。最初は理不尽すぎるストーリーを受け入れられなかった人たちが売り、ストーリーは受け入れられてもバランス調整ミスった盗賊団の強さに心折れた人たちが売り、続いてその盗賊団編で囚われた姫を救出できることを知らずにストーリーを進めてしまった人たちがやる気を失って売り……。


 元の直観ステータスが他のパラメータと同じ100だったとして、つまり……?


 考えると怖くなってきて、俺は別のゲームで気を紛らわすことにした。






〈おわり〉

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直観スキル9999の勇者 乙島紅 @himawa_ri_e

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