第2話

「だ、だだだ誰!?」


 咄嗟に声をあげ、腕を前に出して身構える。

 服の上からでもわかるつぎはぎだらけの肌。真っ赤に染まった髪に爬虫類のように縦長の瞳孔。彼女がただの人間ではないことはすぐにわかった。


「誰ってこっちのセリフだし。しかもここうちの住処、勝手に荒らしといてよくそんなこと言えたな」


「いやここただの森だよ家なんてどこにも……」


 そこまで言ったところで、彼女の表情が険しくなったので口を閉じる。地雷を踏んだのか、かなり不機嫌そうだ。

 そして彼女は地面に突き刺さった看板のようなものを指差す。よく見ると、下手くそなギリギリ読めそうで読めない文章が書かれていた。


「わたしの家ってここに書いてあるでしょーが!」


「わちすのいすって書いてあるけど」


「むきいいいいい!」


 僕が指摘したせいか、彼女の顔は自分の髪と同じくらい真っ赤になり、フグのようにパンパンに膨らんだ頬を見せつけながら僕に怒りの矛先を向けた。

 彼女の手には何やら燃え盛る炎のようなものが握り締められている。

 祖父から聞いたことがあるが、魔法を扱うものは詠唱の他にも体の一部に魔力を集めることによって無詠唱で発動する輩もいるらしい。滅多にお目にかかれるもんではないらしいが、目の前のその現象はまさにその祖父が言っていたその話のままであった。


「うちの家っつったら! ここはうちの家だ! 誰にも文句は言わせねぇぇぇッ!」


「まってまってまって!」


 必死の抵抗も虚しく、彼女の手に握りしめられた炎は僕の顔面目掛けて飛んでくる。

 因みに僕は剣術なら多少まともだが、今はその肝心の木剣が手元にない。魔法なんて最近聞いた知識程度くらいしかなく、今のこの状態は命の危機。

 コミュニケーション能力が乏しいせいで相手を怒らせこんなところで一生を終えるなんて、どれだけ惨めな6年間だっただろうか。

 でもまだ死ぬなんていやだ。もう少し生かしてくださいお願いします神様。

 僕は神頼みしながら、彼女から突き出される炎の鉄拳に対し両腕で防御の体制をとる。

 彼女の鉄拳が僕の両腕に触れた瞬間、もう終わったと思った。両腕が焼き切られ、顔面にその拳がめり込むところまでは想像できた。

 

 が、そんな僕の想像とは全く違い、彼女の拳が僕の両腕に当たった瞬間、急激に炎が膨張し、拳の周りの炎が彼女に向かって逆噴射。爆発するかのように起きたその爆炎によって、彼女は後方に吹き飛ばされ、大木に背中を打ちつけた。

 僕の方も完全に無事だったわけじゃなく、その反動で後ろに吹っ飛び、草木の中をゴロゴロと転がった。


 もともと火に対する耐性があるのか、彼女の方を見ると火傷はしているようだが大怪我をしているようには見えなかった。

 いや、まだ僕に対する怒りが収まっていないのか、食いしばった八重歯で今にも嚙み殺しにきそうだ。


「ご、ごめん……。悪かったって……、僕そんなに人と話すことがなくてさ、苦手なんだ会話するの……」


「フン、じゃあ仕方ないな。うちも似たようなもんだ」


 何故かドヤ顔で腕を組む。

 確かに、ちょっとしたことでキレて炎の鉄拳をぶつけてくる女に友人がいるわけがない。

 

 辺りがだんだんと暗くなってきているのを見て、そろそろ帰らねば夕食が抜きになるのを察した。帰らねば。

何度も「それじゃ」と言って帰ろうとするが「だめだ」と言って阻止してくる。


 このままずっと続けていても埒があかないため、彼女の手を強引に振り解くと、全速力で駆け出した。家から走って森の中に入り、炎の鉄拳を爆発させられ、体力的には限界だったが、死力を尽くして家まで走っていく。

 後ろを振り返ってみると、手を振り解かれたショックで涙目になっている彼女がこの世のものとは思えないスピードで僕を追いかけてきているのに気づいた。

 僕からすると、いきなりぶん殴ってくる女が全速力で追ってくるのである。ホラーである。


 家の前まで走り、外の様子を確認する。まだ大丈夫、日は完全に落ちてはいない。

 急いで家の中に駆け込むと、入り口のドアを勢いよく閉め「ただいま」と祖父に一言いうと扉をこじ開けられないように全身で扉に覆い被さった。


「竜の娘……か」


祖父がボソリと呟いた瞬間、抑えていたのにもかかわらず、入り口の扉は勢いよく開き、僕は中の方へと吹っ飛ばされた。

 涙目で、仁王立ちした彼女は、僕に対して指差し、ふぅーふぅーと息を荒くする。


「じ、自己紹介もまだ何もしてないのに! いきなりきていきなり帰ろうとしやがって! このばかぁ!」


 声を荒げたまま、中に入り、祖父の座っている食卓の向かい側へと座ると、そのまま真っ赤な頬を膨らませる。

 何やら僕とは目を合わせたくないようで、ずっと僕に背後を向ける体制をとっていた。


「なんでじーさんこんな性格悪い餓鬼と一緒に住んでんの」


 嫌味たっぷりの形相で、祖父に問い詰める。が、祖父が答えることはなく、黙って茶を啜っていた。

 暫く静まった空気が流れると、ふと思い出したかのように祖父が立ち上がり、食材のようなものを彼女の前に差し出した。


「今週の飯だジーラ」


 それだけ言って、また元の位置につき茶を啜る。

 が、ここで違和感があった。彼女は自分の名前を一言も言っていないのに、祖父は彼女のことをジーラと呼んだのである。

 祖父は近くに縦長瞳孔の凶悪娘が住んでいるなど一度も言ったことがなかった。言う必要がないからと言われたらそれでおわりだが、ひょんなことで命を奪いかねない娘である。普通の祖父なら森は危険だから近づかないよう注意したりするはずだろう。

 ここまで考えたところで、うちの祖父は普通じゃないからで全て片付くことに気づいてしまい、思考放棄した。


「じーさん、彼女と知り合いなの? 誰さこの人」


「わしがお前と同時に面倒を見ていた子だ。このこもお前と同じ魔法学校に放り出す」


 祖父は顔色ひとつ変えることなく答え、僕とジーラという娘の順に指を差した。

 

「じーさんには世話になってばっかだな」


 ジーラは満足そうに笑顔を祖父に向けている。どういった関係だったのかは知らないが、かなり懐いているのだろう。

 が、そんなことはどうでもいい。

 たしかにあの森で見た爆炎は大魔術師の素質があるのではないかというくらいの規模で、森が焼けなかったのが奇跡だった。

 だが、それでも、こんな野蛮で凶暴な奴が神聖でお淑やかなイメージのある学校へ入学?


「こいつが僕と同じところに……? いくの?」


 第二の爆発が僕の真横を襲ったのは、次の一瞬の出来事だった。

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