君ニ触レテイタイ
@tori_mmm
第1話
僕はいつも1人だ。同年代の子たちが集まっていても、話しかける勇気がなく、端の方で一人で遊んでいた。
友達に興味がなかったわけではない。1人なのは寂しい。だけど、何から話せばいいのかわからない。一歩踏み出す勇気がないまま毎日を過ごしていた。
ここは、緑が豊富な田舎の村。僕はその村の領主の長男として誕生した。黒く芝のような髪が生えたツンツン頭は、祖父に似たのだと母は言う。
外に出るのが苦手、人とかかわるのも苦手。両親はそんな僕を責めることはなく、大事に育ててくれた。
ほとんど家から出ず、出たとしてもひとりぼっちの生活が続き、そんな僕も気づけば6歳になっていた。
6歳の誕生日を迎えたその日、祖父が祝いにやってきた。いや、迎えにきたと言ったほうがただしいか。
初めて僕と面を合わせた祖父は何も言わず、僕を馬車へと連れ込んだ。
あとから聞いた話だと、このまま両親が僕を育てていても甘やかすばかりで領主の息子としての自覚がもてないという理由だったらしい。
そんなこんなで今僕は祖父の家。山奥の小さな小屋で2人で暮らしている。
なんとなく気づく人もいるかもしれないが、黙って僕を馬車に連れ込んでそのまま家まで持ち帰る祖父である。コミュニケーションのとりかたはまるで下手くそ、僕の苦手な人との交友はここにいても解決することはないなとすぐに悟った。
あくまで領主の息子に相応しい男にする。祖父にはそれしかなかったらしい。幸い、僕には剣技の才能があったらしく、祖父の厳しい指導にもなんとかついていけた。魔法に関しちゃ祖父も教えるほどの知識がないためどうも言えないが。
「そういうわけでだ。お前を来月から魔法学校に通わせることにした」
山奥の小屋で朝食のパンを齧りながら祖父はそう、一言だけ呟いた。
僕が「え?」と間抜けな返事をしても何食わぬ顔でパンを口に運んでいる。
「お爺さま……、僕が人と喋るの苦手なの知ってるでしょ? ってか、じいさんも苦手じゃないか、行けるわけないでしょ」
「もう決めたことだ。来月までに支度しろ、その日がきたら家を追い出す」
めちゃくちゃな人だ……。
勝手に家に連れ込んではいきなり家から追い出すなんて、まともな神経してたらできたもんじゃない。
しかし、駄々をこねたところで祖父は一度言ったことを曲げないし、力ではめっぽう敵わない。
「父さんと母さんがいけって連絡したの?」
「ああ」
不満げな表情をしたままパンを手に取りそう言うと、祖父は一瞬の間も無く即答した。
「わしはお前の父が嫌いでな、甘やかすばかりで何も培ってないお前を叩き直すためにここへ連れてきたが……、どうやらお前には加護があるらしい」
「いや、聞いたこともないし実感したこともないよそんなの」
祖父は半信半疑なのか、顰めっ面をしたまま珍しく長く言葉を続ける。そんな祖父に対して、僕はその話を完全に否定した。そもそもそんなものがあったら潔く祖父の家なんぞに閉じ込められたりはしない。
因みに加護とは、一種の固有能力のようなものであり、10人に1人ほどの確率で何らかの加護を一つ持っている。
人によって加護の強さ種類、用途は様々だが、僕が加護持ちなんて産まれてから一度も聞いた試しがない。
「だいたい、加護もってるとしてわざわざ学校に通う必要ないよね! 魔法なんて幼少期からやらないと手遅れだっていうでしょ!」
「それに関しては行ってみればわかるとしか言われておらん。黙って行け」
僕は残っていたパンを全て口に詰め込むと「ごちそうさま」と言い残し、その場から立ち上がる。
今までも散々振り回されてきた、それを文句一つも言わずにこなしてきたというのに、最後までこの仕打ちかと思うと流石の僕でも腹が立つ。
いつもと比べると乱暴に外への扉を開けると、そのまま無我夢中で走り出した。祖父の顔は見ていない。けど、いつもの厳格な表情から変わってないと思う。
「あ、ご飯食べたあと薬飲まなきゃ……。いや1日くらいいいか」
森の中に入ったところでふと気づいたが、ここからUターンして家に帰るのは情けない。
暫く走ったところで、僕は近くの切り株に腰掛けた。
薬を飲むのを忘れた日は、毎回背中に違和感を感じる。もともと体が弱いため飲んでいる薬なのだが、少し飲まないだけでこの様だ。飲んでるときはちょっとやそっとで疲れることなんてないんだけど。
勢いよく飛び出したのはいいけれど、薬がないため結局家に帰らなきゃいけない。
僕は帰ったあとの気まずい雰囲気を想像してはぁ……とため息を吐く。
「魔法は産まれ持った素質がないと使えないと聞くし、僕にそんな素質があるとは思えないし、何より今まで祖父と2人きりで平和だったってのに大人数の中に放り込まれるなんて想像するだけで寒気がするよ」
「じゃあ考えなきゃいいじゃない」
ふと、顔の横から声がした。
おばけか? こんな森の中に人がいるはずがない。
僕は緊張する体を必死に動かそうとするが、思うように動かず、ぎこちない動き方で顔を声のする方へ向けた。
祖父から不意打ちに対する訓練を受けていたため、そこらの獣などに気づかないわけがないのだが、今回はまるで気配がなかった。
気づいたらそこにいたのだ。まるで最初からそこにいたかのように。
そこにいた彼女は、僕を馬鹿にするような笑みでギラリと見える八重歯を見せつけながら「変な顔ぉ」と言い放つのであった。
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