ちょっとそこまで…。

些事

第1話


どちらまで行かれます?

ちょっとそこまで…。


ああ、これは。

運転手は気を落とした。


その女は普通ではなかった。

異様な気配を漂わせ、運転手は寒気を感じた。


黒の長髪、前髪も伸ばしっぱなしで、

目元が隠れ、表情は見えない。

着ている服は黒のレースで小さなハンドバッグをひとつ抱えて座っている。そのバックも黒色であり、まるでだれかの葬式に行ってきたかの様な格好であった。


…どちらまで行かれますか?

…。

再びルームミラー越しに声をかけたが、今度は返事がない。

仕方なく運転手は適当に車を走らせ続けた。


よく聞く話である。夜道でひとりの女を乗せると、突然消えてしまい、座っていたシートは冷たく湿っている。

プロのドライバーを長年勤めていればこんな事はたまにあるのだ。


…何か聞こえてくる。

耳を澄ますと後ろに座った女が、何やら小声でぶつぶつと呟いているではないか。

運転手は再び背筋に寒気を感じた。


こういう時はやり過ごせばいい。冷静になって、事が過ぎるのを待つのだ。


しばらく経った頃、運転手は知らぬ間に川辺に来ている事に気がついた。


動揺する運転手は更に驚いた。 

後部席に居た女が消えていたのである。


やられたなぁ。

そう思った瞬間に運転手は車外に出ていた。立ち上がってそばにあったガードレールをみると、歪に歪んでいる。


もうそろそろ現実を受け入れなさい。

男の背後から声が聞こえてきた。

…ああ、そうか。

女が念仏を唱えた。

貴方は夜な夜な客を乗せると、自分が死んだ場所に連れてくる。多くの人が迷惑しているわ。



貴方はとっくに死んでしまっているのよ。


女が只者ではない理由がわかった。

私が人に迷惑をかけていた悪霊であり、

この女は霊能者だったのだ。

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ちょっとそこまで…。 些事 @sajidaiji

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