戦う人

安物の腕時計は、午前5時56分を指していた。僕は、これから生死の淵をさまようことになる。本当なら足がガクガクして動かないはずだ。今も現に足はガクガクして入るが、動きはする。

 風佳から命令された、いわゆる「受動的行為」だから、僕の緊張度は少ないんだろう。責任が僕にはないから、風佳が考えた案だから、僕の責任逃れが容易だから、僕は死ぬかもしれない環境でもなんとかできている。自分の意志で何か行動を起こしたり、何かを変えようとするのは強靭なメンタルが必要だ。風佳にはそれがあって、僕にはそれがない。これは先天的な才能だ、なんて言い訳はできない。誰にでもできることなのだから。

 じゃあ、僕の長所って? 僕のもってるものは、全部風佳がもってるんじゃないか?

 

 じゃあ、僕の存在意義って?



 カチッ。

 6時の分針が、静かに回った。



 僕は元町・中華街駅のホームに立つ。 そして、線路に降り、手持ちのスパーク花火に火をつけた。

ぼくはゆっくりとみなとみらい方面へと歩き出す。いの犬にこんなところで目覚められたら、たまったもんじゃ――

「ギイイイイイイイイイイ!!!!」


 電流音と金属音。途端に耳鳴りが始まる。しかし僕はそれに構わずみなとみらいへと走った。

 今まででは考えられないほど走る。走る。走る。


「日本大通り…」

 いなとみらいまであと2駅。 怪物の足音がだんだん近くなってくる。地下鉄の線路内では若干狭いのか、ところどころで突っかかっている。


「馬車道駅」

「ギイイイイイイイ!!!」

 また電流音。金属音。そして耳鳴り。

 逃げたい。早く逃げたい。異国も早く安心できる場所へと逃げたい。風佳なんていなければぼくはもっと安心安全な死を迎えられたかもしれないのに。

 「クソ!」嫌なビジョンと嫌な愚痴ばかりが頭を駆け巡る。


早く、早く、早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く早く――


「こ、ここか」


 ぽつんと明かりが着いた、平凡な地下鉄駅。上の方に色とりどりのパイプがあった。真っ白なタイルがはられたみなとみらい駅は、一瞬オアシスのように見えた。 しかし、後ろの慟哭に眼を覚まされる。 急いで階段を駆け上る。僕が階段を駆け上るタイミングで、その巨大犬が階段を登り始める。

 改札を飛び越え、パシフィコ横浜の中心へ滑り込む。

 上を見るが、変わった様子が見られない。いつもと変わらない、巨大な商業施設なだけだった。

「お、おい風佳…?」不安になって声を上げるが、返事がない。僕のせなかから嫌な汗がじんわりと漂う。

 もしかして風佳、僕を置いて逃げた…?

 後ろを向くと、巨大犬が牙を向けて僕の方へと猪突猛進してくる。

 

「ふ、ふざけんなよ…死なないとか言ってたくせに、もう死んじゃうじゃんか…」


万事休すか――


 








 


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灰の凱旋門 川越・プリンケプス @makochinko

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