話す人

「放射線の終末世界なら、私達は食料もないままとっくに死んでいた。よかったじゃないか、灰で。それなりに色々な食料が残っているし、それなりに色々な文明の利器が使えるのだぞ」


イギリス館の中。時刻は夜の11時だ。風佳は小銃の弾をマガジンに詰めていた。 昨日、イギリス館でティータイムをした後、僕達は陸上自衛隊の横浜駐屯地へ向かい、塀をよじ登って武器や装備などを調達した。横浜――とはいえど、ランドマークタワーの辺りを少し抜けると、ほとんど川越と変わらないような光景が広がっている。この横浜駐屯地と、その近くの横浜国立大学はまさにそうだ。川越か、それ以下の田舎度だ。

「バカを言うよ。今から僕達、死ににいくようなもんだよ?」

「だから、死なないのだよ、君は。ほら、私の懐で温めておいた拳銃だ。君が織田信長なら、こうして素晴らしい配慮をした木下藤吉郎風佳をどう称える?」

「…ありがとう」

「違う。面白い猿だ~とか言って私への評価を爆上げするのだよ。さあ、褒めたまえ私を」

「はぁ…苦しうないぞ」

「うむうむ」


 僕は生温かい拳銃を尻ポケットの中にしまう。風佳はさっきからずっと喋っている。そして僕が反応しないと面倒なことにちょかいをかけてくる。ここまで面倒なやつだったのか、こいつ。

 僕は、正直言うと一人になりたかった。まだ心の準備だってできていない。バンジージャンプすら無理なひ弱な僕に、昨日言われた作戦を遂行しろだなんて無理にも程がある。

「…よし、準備できた」

 風佳は真っ黒の迷彩服を着、ガスマスクを装着した。「君はつけなくていい。地下鉄の路線を走るだけの簡単なお仕事だからな、君は」

「言ってくれるじゃないか」

「じゃあ私と役目を交換するかね?私は一向にかまわない」

「いや、勘弁してくれ」。僕はそう言って笑った。風佳は「自分が作戦の立案者だから」と言って、わざわざ責任重大な仕事を引き受けた。

 彼女の小さな背中は、最近少しだけ大きく見えてしまった。キャパオーバーのリュックを背負いながら速歩きで歩く風佳のリュックの中身を、僕が少しでもいいから肩代わりしてあげたい。でも、そうすると帰って風佳の邪魔になってしまうんじゃないか?

 分からない。


「…もし私が死んだときの遺言を残しておこう」

「え、縁起でもない」「なに、大したことじゃない」風佳は僕を見ず、丘から見える東京湾を見つめていた。

「君、きっと自分に責任を感じてるはずだ。三好風佳の役に立てた試しがない、とか、三好風佳の足手まといになってる、とか。それで私が何処かで傷ついてると思ってるんだろう。だが安心したまえ、私は君よりよっぽどメンタルが強いし君より数段大人だ」

「…嫌味かい」「でも」 風佳は僕の方を見つめた。その黒い眼で。

「私は君がいなかったら、とっくのとうにこんな旅なんてやめているさ」




 ポカンとしてしまった。風佳は僕をきっと邪険に思っているだろう、という固定観念があったからだ。

 「じゃあ、また会おう」

 強い彼女は、僕の肩をたたいて、イギリス館のドアを開け、どんどん前へと、みなとみらいへと走っていった。彼女はこれから明かりをつけずにみなとみらいへ行き、僕は早朝にあの化け物をみなとみらい駅まで誘導する。

 みなとみらい駅に隣接している巨大な商業タワーである「クイーンズスクエア」。そこは中央が吹き抜けになっている。

 僕はその中央の吹き抜けまで巨大犬を誘導し、吹き抜けについた時点で、風佳が横浜の雑貨店から持ってきた打ち上げ花火をそいつへ発射する。

 巨大犬は熱に弱いらしいので、打ち上げ花火を何発も直撃すると外壁が剥がれる。そして、僕が溶けた巨大犬から山城舞を救出する――

 これが作戦内容。作戦名はナシ。

 いつものように速歩きの風佳の背中を、僕は眼でずっと追っていた。

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