小桜麻耶香の見る世界。

山岡咲美

小桜麻耶香の見る世界。

 そこは住みやすい町だった、何もかもがあるわけではないが高校と短期大学、大型複合商業施設のおかげで不自由は感じず、娯楽と言えば小さな映画館とパチンコ店、けっこう頑張っている地方競馬場と言ったところだがそう言う場所にクレームが来ないおおらかな風土も手伝ってこの町を住みやすくしていた。



「今日はあの交差点渡るのやめよ」



 彼女、小桜麻耶香こざくらまやかは突如思い立ったようにいつも通る道を変えその交差点への道から離れた、麻耶香が渡る筈だった交差点は彼女の通う短大への最短ルートだったが彼女はかなりの遠回りをして大きな橋へと続く道を通る事にした。


「川沿いの雰囲気好きかも……」


 あっ……


「そこの貴方、やめた方がいいですよ」


 麻耶香は水位の下がり川底の岩が見える橋の上でずいぶんやつれた男と出会った。


「え?」


 男は少し驚く。


「あの、どうして?」


 男は自己の不安と向き合ったの様な顔をして麻耶香を見つめる。


「そこじゃ高さが足りないの……、それに一度に二つも事故や事件が起きたら警察の人も大変でしょ?」


 少し遠くの方で激しいブレーキ音と何が爆発した様な音がした。


「何だ? ……」


「ああ、トラックが信号機にぶつかったんです、危険物を運ぶ……たしかタンクローリー? でしたっけ? そんな感じのが……」


 彼女は肩をすぼませ困ったように笑った。


「え? ……あの、貴女は?」


 混乱した男が何かを言おうとすると麻耶香がたじろぐ。


「あ、でも、え?! えーと……急に……困ります…………」


 麻耶香は慌てて縮こまり、目をそらす。


「え? 何? 何ですか???」


 男は麻耶香の反応に戸惑った。


「取りあえず借金を返しましょう! 私とのお付き合いはそのあとで考えます」


 麻耶香は顔を真っ赤にしながら、はにかんだ様子でそう答えた。


「え? な? お付き合い?? 僕がですか???」


 男は付き合いたいなど欠片も考えて居なかった、ただ何故事故だと彼女が言ったのか不思議で聞きたかっただけだった。



◇◆◇◆



「あの、これ最後のお金なんだけど……」


 彼、小倉相馬おぐらそうまは手のひらの300円、50円玉6枚を見せて麻耶香に言った。


「私のお金で賭けたら、自分で稼いだ事にならないでしょ?」


 麻耶香は短大の友達に「事故に会ったから大学を休む」と悪気も無くウソのメールを送り、相馬を競馬場に連れて来ていた。


「お友達、良いんですか?」


「ええ、良いのよ」


 小桜麻耶香の言葉は何処か世界との関係性、と言うか距離感がおかしいと小倉相馬は思った。


「で、僕は……競馬をするんですか?」


 相馬は凄く嫌そうな顔をする。


「相馬さん、50円玉は穴が空いてても六文銭の代わりにはなりませんから、持ってても意味ありませんよ」


 麻耶香は船頭もそれでは困ると笑った。


「確かに……そうだよな……」


 相馬は三途の川の渡し賃、六文銭の代わりに50円玉を六枚持っていた、5円玉じゃ無いのはせめてもの誠意だった、彼はあの橋から飛び降りる気でいたらしい。


「ええ、だからそのお金を増やして借金を返して、それから私に告白して下さい」


 相馬は麻耶香の微笑む顔を見たあと手のひらに残った自分の全財産をじっと見つめる。


「確かにこんなの意味ないな……」


 相馬は人生に疲れきっていた、そしてこんな男に微笑んでくれる麻耶香に何かを感じとり直感的に賭けてみたくなったのだ、馬にでは無い、麻耶香にだ。



「2-4ですよ、相馬さん♪」


「わかりました麻耶香さん」



 相馬も少し笑ってそう答えた。



◇◆◇◆



「しまった! 雨降るのか?!」



 快晴のなか待ち合わせの駅前、姿をあらわした麻耶香は近所のホームセンターでビニール傘を買っていた。



「大丈夫ですよ相馬、この大きさなら2人で入れます」


「ああ、そうだよね麻耶香」



 麻耶香と相馬は少し笑い雨の中デートした、相馬は父親がギャンブルを繰り返し作った借金をあの日麻耶香が当て続けた馬券で返し、そのあと真面目に働いた、不思議な事に思うかも知れないが相馬はあのあと競馬場に足をはこぼうとは思わなかった、麻耶香も競馬で稼いだのはあれが最初で最後の事だった。


「麻耶香、このあとどうする?」


 映画を見終えたあと相馬は麻耶香にそうたずねた。



「この町から離れましょう」



 麻耶香はそう言うと、町を歩く人々を見て悲しそうな顔をした。


「…………麻耶香」


「愛してるわ相馬」



 相馬は手の震えが止まらなくなった。

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小桜麻耶香の見る世界。 山岡咲美 @sakumi

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