Work 7
涙と筋肉痛でぐちゃぐちゃのまま、一週間が過ぎた。
やっと布団を出た日、ぼくはサトウさんに連絡した。
サトウ:『モニターをやめたい?』
連絡してなかったことを謝ってから、そう伝える。
怒られると思ったけど、そんなことなかった。
サトウ:『わかりました』
サトウ:『それでは最後に、テクロを操縦して支社まで届けてもらえますか』
他の機械は後で回収に来るらしい。送料の節約かな?
まだ外に出る気分じゃなかったけど、一週間もサボった後じゃ断れなかった。
久しぶりにつけたゴーグルに住所が届く。
支社がこの町にあるなんて初めて知った。地図に出たポインタは橋の近くで、胸がドキッとしたけど、よく考えたら大丈夫だ。
カホが待ってるなんてこと、もうないんだから。
ぼくはテクロを起動して、エレベーターに乗った。
外に出るのは、きっとこれが最後になる。
そんなことを考えながらマンションを出た時、いきなり視界が真っ暗になった。
驚いた。でも故障じゃなかった。
「だーれだっ」
明るくなった視界に現れたのは、カホだった。
「あ、ほっぺたも固い。
でも触らないとわかんないよねこれ。よくできてるー」
何が起こってるのか、わからなかった。
「な、なんで、ぼくんちが」
「尾けた」
「尾けた!?」
「あの時ね。きみ、カメみたいに遅かったし。
声かけようかと思ったけど、やっぱできなくて。
その後、家に帰ったら、サトウさんって人から連絡来て」
「サトウさんが?」
待って待って。頭が追いつかない。
じゃあ、ぼくのこと全部、サトウさんから聞いたってこと?
「……ごめん」
「じゃあ、開けてよ」
カホがマンションの扉を指さした。
「オートロックで入れないんだから」
「え?」
「お詫びに何でもするって言ったし」
「言ってないし?」
「いいから開けなさいよ。
ロボットじゃない、中の人と話したいんだから」
「だって、そんな」
ぼくは知ってる。カホがこうなったら誰にも止められない。
「ぼくなんかに会ってもしょうがないよ。
引きこもりだし、学校行ってないし、根暗だし、デブだし。
きみを……だましてたし」
「そりゃあね。ショックないとは言わないけど」
テクロの顔に触れたまま、カホの顔が近づく。
「でも、猫のためにロボットで泳いだのはタクロウくん。
わたしを助けに来てくれたのも、タクロウくん。
王子様の条件なんて、それで十分と思わない?」
胸が詰まると、言葉なんて出てこない。
「ほら、はやくはやく!」
後ろに回ったカホが、テクロの背中を押し始めた。
「──解決、ですかね。佐藤さん」
「ああ。彼はもう大丈夫だ」
拓郎の覚えられなかった、長い名前の会社。
そのオフィスの一角で、二人の男が話している。
一人はPCに向かい、拓郎と同じゴーグルを装着済みだ。
「それにしても危ない橋を渡らせますね。
あの子が崖から落ちた時は気が気じゃなかったですよ。
それなのに手を出すなって」
「最悪の事態には備えていたさ。
ここからの緊急操作も非常用バッテリーもある。
それにユーザーを信じるのは、引きこもり支援事業の基本だろ?」
「ものには限度がありますよ。上手くいったからよかったものの。
とは言え、今回は私らの手柄とは言えないですけど」
「違いない」
佐藤たちは改めてモニターを覗き込む。
テクロの視界越しに映る拓郎の部屋。
床に置かれたゴーグル。
開いた窓の向こうに見える岬と、そこに向かう二人の姿。
「ボーイ・ミーツ・ガールは、いつだって最強だ」
おわり
テクロ・ミーツ・ガール 梶野カメムシ @kamemushi_kazino
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