Work 6




 後から見れば、警察か消防署に連絡するべきだった。

 大人に任せれば、もっと早くカホは助かったかもしれない。

 でも、それに気が付いてても、きっとぼくは飛び出したと思う。

 誰も助けないからじゃない。

 ぼくが、カホを助けたいんだ。

 彼女を助けるのは、ぼく以外の役目じゃない。


 とにかく必死だった。

 母さんが驚いてたけど、気にする余裕なんてない。

 昔の靴ははけなくて、父さんの靴を無理やりはいた。

 引きこもりの体はすっかり太って、すぐにわき腹が痛くなった。 

 汗がどばどば出て、パジャマが水浸しになった。

 みっともない。誰も見てないのだけが救いだ。

 よろめきながら山道を登り、どうにかこうにか柵を越えた。

 今にも心臓が爆発しそうだ。

 何分経っただろう。もう間に合わないかもしれない。

 もし崖の下に、カホの姿がなかったら。

 考えただけで泣きそうになる。

 でも立ち止まれない。止まったら本当に終わってしまう。

 

「カホ!!」

 崖下に捕まっている彼女を見つけた時、本当に涙が出た。

 カホも泣いている。当たり前だ。急がなくちゃいけない。

 ぼくはカホに手を伸ばす。

 ダメだ。思い切り身を乗り出せば届くけど、カホを助ける前にぼくが落ちる。

 バット一本、いやバトン一本でもあれば届くのに。

 ぼくは周囲を見回した。岬には何も生えてない。あるのはバッテリーの切れたテクロだけ。

 これしかない。

 ぼくはテクロの腕のつけねをつかんだまま、崖下へと手を伸ばす。

 ぼくとテクロ、二本の腕で作ったロープだ。

「支えるから、つかまって!」

 カホがうなずき、手を伸ばす。

 ぐんと手の重みが増す。

 体はボロボロだけど、歯を食いしばった。指が折れるほどテクロを握りしめた。

 離さない。離せるわけない。

 カホの手がテクロの手を、そしてぼくの手を握る。

 最後は後ろにのけぞるようにして、カホとぼくは岬の上に転がった。

 やった──カホを助けられた。

 しばらくは声も出なくて、一面の夕焼けを見上げていたぼくは、

ふと、無言でぼくを見つめるカホに気が付いた。

 ぼくと、転がったテクロを見比べていた。

「……これ……どういうこと?」

 見たことのない顔をしたカホが、そこにいた。

 わかってた。

 いや、本当はわかってなかった。

 ぼくは、カホをだましていたんだ。

「……ごめん」

 長い長い沈黙の後、やっとそれだけ言うと。

 ぼくはテクロを背負い、よたよたと岬を後にした。



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