Work 5




 それから毎日、カホと遊んだ。

 放課後、橋で待ち合わせてから、主にカホの思いついた場所に行く。それは海だったり山だったり、新しくできたスイーツの店だったり。テクロは水しか飲めないからブラックを頼んだら、大人みたいって言われたり。

 引っ越して間もないカホが、なんでこんな色々知ってるかも聞いた。町に来てすぐ探検しまくったらしい。

「今日はね。とっておきの場所」

 ある日、カホが案内したのは、見覚えのある道だった。

 狭い山道の奥に立ちはだかる柵と立ち入り禁止の看板。あの岬に向かう道だ。

「立ち入り禁止って書いてあるよ」

「大丈夫大丈夫。誰も来ないから」

 カホはおてんばというか、突っ走るところがある。消極的なぼくを引っ張ってくれて、それは嬉しいんだけど、流石にこれは心配になった。

「でもさ」

「平気だって!

 わたし、何度も入ってるもん。ほら」

 先に柵を乗り越えたカホが、悪戯っぽくぼくに笑う。

「それとも、こわい?」

「そんなことないよっ」

 全力でジャンプして、柵を飛び越えてみせた。

 目を丸くするカホを連れて、岬に向かう。

 そうだ。本当はぼくだって、行ってみたかったんだ。


 窓から見たことはあったけど、実際に来てみると、岬はおっかない場所だった。

 崖の上に突き出した岩の塊にはガードレールもない。真下は目がくらむような絶壁だ。落ちたら絶対死ぬ。

「こうやって行くのがコツなのよ」

 カホは体を屈め、這うように岬を進むと、空に突き出した崖の先に腰を降ろす。風に煽られないよう、ぼくも同じようにして、隣に腰を降ろした。四本の足が並んで崖にぶら下がる。

「ほら、すごいでしょ」 

「……ほんとだ」

 岬から見下ろす町の景色は、ものすごく綺麗だった。

 昼と夕方の境目の時間。空はだんだん赤みを帯びて、森の色もカメレオンみたいに変わる。

 そしてミニチュアのような町に、増えていく灯かり。

 夜景ってほど数は多くないけど、海と山に囲まれたぼくの町は、小さな宝石箱のようだ。

 ぼくらは並んで座ったまま、話をした。

 いつもはマシンガンみたいに話すカホが、何となくおしとやかだったのは、この場所のせいかもしれない。

 いつのまにか、ぼくらは崖についた手を重ねていた。

 ぼくもカホも、気付かないふりをしながら話を続ける。

 カホの手の感触がテクロ越しに伝わる。体温が感じられないのは残念だけど、いつまでもこうしていたい。夕焼けに染まる町を見下ろしながら、そう願った。

 だから、気付かなかったんだと思う。

 カホの手の感触が、いつのまにか失われていることに。

 急にテクロの声が出なくなった。

 不思議そうにぼくを見るカホ。もう一度言ってもダメだった。

 おかしい。テクロが故障した?

 そうじゃない。すぐに気が付いた。バッテリー切れだ。

 いつのまにか限界の三時間を過ぎていた。聞こえるし見えるけど、それ以外の操作を受け付けない。

「タクロウくん……どしたの?」

 心配そうに覗き込むカホの前で、テクロの視界が傾いていく。 

「あぶないっ!」

 急に視界が乱れた。何かが崩れる音と、カホの悲鳴。

 停止した視界に映ったのは、見下ろしの崖だ。

 絶壁にカホが捕まっていた。

 手掛かりはわずかな雑草だけだ。

「あたたた……タクロウくん、助けて……」

 カホがぼくを見上げる。気丈な顔がぼくを見て凍りつく。

「タクロウくん……どしたの?」

 固まったままのテクロに気が付いたんだ。

 心臓が早鐘を打った。

 こんな状況なのに、カホはぼくの方を心配してる。

 カホの手までは一メートルくらい。テクロが身を乗り出せばきっと手が届く。

 でも今、テクロは動かない。

 助けてくれる人は、どこにもいない。

 110番。いや、119番?

 考えもしなかった。

 気が付いた時には、ぼくはドアを開け、パジャマのまま家を飛び出していた。



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