マラソン中、幼馴染に囁かれる、『脈絡のないつぶやき』は何なのか?
さーしゅー
脈絡のないつぶやき
はぁはぁと激しく繰り返す吐息は白く、度重なる肺の酸素不足から、足取りは重くなり徐々に遅くなる……
「
息を切らしながらも陽気な声と共に、少し太り気味の彼も先に走って行ってしまう。
そして、俺は意識が遠のいて……
「待てコラ!
俺は息苦しさの中、力の限りを尽くし、声を張り上げたが。無情にも彼は悠々と去っていった……
こうしてめでたく、定位置である、最下位へと身を収めた。
* * *
俺は、マラソンが大の苦手だし、大っ嫌いだ。
そもそも走る意味がわからない。
もし移動手段として走るのであれば、歩いたっていいと思うし、時間が気になるのであれば、自転車や車だってある。こんなに便利に進化した世の中で、わざわざ走るなんてナンセンスすぎる!
さらに100歩譲って、体力作りの重要性を受け入れるとしても、せめてもっと暖かい季節にしてくれ!
わざわざ、極寒の期に、薄っぺらい体操服一枚で走らせるなんて正気の沙汰じゃない!!
しかも、この学校は山の中にあるからか、練習でさえ校外の山道を走らせる。そして、そこがまあ寒いことなんのこと。木々に陽が遮られるわ、山の冷たい風が吹いてくるわ、ロクなことがない。
でも、もっとも嫌なのは……
「あっ! さっくん久しぶりだね? 一週間ぶり??」
森のシンっとした空気のなか綺麗に響き、甘い声音は鼓膜までクリアに届く。
そして、遠く聞こえていたと思った声の主は、あっという間に追いついて、シトラスの甘い香りとともに俺の顔を覗き込む。
「さっくん、調子はどう?」
彼女の名前は、青木
「どうも……こうも……この通りだ」
鈴香がスムーズな口調で言うのに対し、俺は息を切らしながら細切れにつぶやいた。
うちの学校のマラソンは男子が先にスタートして、少し遅らせて女子がスタートする。だから、この
そして、男子のプライド的に、女子に抜かれるのが一番つらい瞬間でもあった。
今だって俺はこんなに苦しいのに、鈴香は苦しい表情ひとつ見せず、爽やかな顔をして走っている。
見ての通り鈴香は運動ができる。陸上部に所属していて、入賞を重ねている上に、その運動能力の高さから、他の部の助っ人をしているとか……
俺は必死に首を振って、そのことを忘れる。
「どうしたの? 何か嫌なこと……もしかして学年末テスト? めんどくさいよね?」
「ま……まあな……」
俺がそう口にすると、鈴香は共感するかのように頷く。
鈴香は勉強もできる。そうやってめんどくさいと口にしながら、学年一位を取るやつだ。それに人望の厚さから生徒会長であったり、英語が喋れるから学校を代表して英語でスピーチしたり…………
鈴香は俺のずいぶん先を走っている。
昔は俺の方が先に走って手を引いていたのに、今は、まさにこの状況が表しているように、全くの逆だし、ずいぶんと突き放されてしまった。だからだろうか、最近鈴香との会話がうまくいかない。
最近の話す機会なんてマラソンのこの時間しなくて、これまでに三回ほど話している。
一回目の去り際には、
「うん、いいよ。楽しみだねクリスマス」
と言った。それも、なんの脈絡なくそういうと、走って先に行ってしまう。一体何がいいのか、わからないし。別にそのあとクリスマスに一緒にいたわけでもない。
おそらく、誰かと一緒に行くのを自慢したかったのだろう。そう思うと、ほんのりと胸が締め付けられた。
二回目の去り際には
「うん、いいよ。着物着るの楽しみだね」
と言った。着物といえば初詣なのだろうけど、結局脈絡なんてなくて、その後一緒に初詣行くなんてことはなかった。
おそらくこれも、誰か、もしくは彼氏と着物を着て初詣に行くことを自慢しているのだと思った。そう思うと心が強く痛んだ。
三回目の去り際には
「本当? 約束だよ? 私頑張るから」
と言った。初めて頭の言葉が変わった。そして頑張ると言ったのはおそらく、その週末にあった陸上大会のことだと思う。そして約束に関しては相変わらず何もない。
おそらくここの会話は、意味のないものであって、何か自慢しているのかもしれない。
このマラソンの直後、鈴香は陸上大会で優勝した。それと同時に、鈴香に恋人がいる噂が流れ、俺はいてもたっても居られなくなった。
俺は、毎回宙ぶらりんの自慢を聞くたびに心が締め付けられた。はっきり言ってくれれば諦めもつくのに、全て曖昧で有耶無耶で、でも笑顔で……
俺は鈴香が近くにいる限り、その環境の違いも、関係性の遠さも、意識してしまい、心が苦しい。だから、このマラソン中に告白して、フラれて、幼なじみを辞めるつもりでいた。
鈴香は女子の2位の人がすぐ後ろに来ると、スピードを早めて去って行く。だから、2位の人のペースを計算して、去り際の台詞を口にしているのだと思う。
でも、今回その台詞は、絶対に聞きたくないから、2位がまだまだ後ろにいることを確認して、声をかける。
「鈴香……聞いて……欲しい……ことがあるんだ!」
すると鈴香は、こちらに振り向かず、俺の言葉を無視して、言葉を紡ぐ。
「こちらこそお願いします。楽しみだね。これから……」
鈴香はボソボソと小さくつぶやく。その脈絡のない言葉は、まるでこれから去る時のような台詞で、案の定、鈴香は容赦なくスピード上げた。
俺は慌てて後ろを振り返るも、まだ2位の人とは距離があって、少なくともまだ数秒は余裕があったはず。それなのに、鈴香はさっさと去ってしまった。それも、また宙ぶらりんの自慢を残して。
おそらく俺の次の行動がわかって、逃げたのだと思う。「これだけ、自慢してるのになんで手を引いてくれないの?」なんて思っているかもしれない。鈴香との距離は果てしなく遠くて、もう近づいて欲しくもないのかもしれない。
でも…………このままじゃ終われない!!!
俺は歯を食いしばり、立ち止まろうとする足をいじめて、必死に前に進む。
「鈴香!!」
鈴香はびっくりしたように振り返ると、さらにスピードを上げてしまった。
俺は、残りの距離を度外視した全力疾走をしているのに、縮まったはずの鈴香との差は、悲しいほどに離れていく。そして、もう限界だと悟った俺は、最後の力で叫んだ。
「俺は…………鈴香が…………好きだああああああ!!!!」
静かな山の中、俺の掠れた叫びだけが響く。これ以上の言葉を紡ぐ余裕もなくて、付き合ってくださいとか、何かお願い事もない、ただの意思表示。少なくとも女子の上位には聞こえていて、これから俺はひどくイジられるのだと思う。
だけど、他に手段がなかった。そして、俺はその場にうずくまった。膝をついて手をついて、地面に向かってハァハァと息をする。今にも朝ごはんを全て戻しそうで、さらには心臓を吐き出しそうなほど、吐き気に襲われていた。
それに、座っても全然苦しさから解放されないで、どんな体勢でいても苦しいといった地獄。意識が
「あ、あ、あの…………へ、へ、へ、返事はさ、さささささっき、言ったから、あああれで、じゃ、じゃあじゃあ……」
鈴香の声は、緊張して過呼吸を起こしているようなレベルで震えてた。
答えはさっき言った?
どう言うことだろう?
朦朧とした頭の中でボヤーっと考えていると、後ろから軽快な足音と、別の声が聞こえる。
「鈴香……まだ悟と付き合ってなかったの? 大会優勝したら…………付き合うって…………優勝したから…………付き合ってるんだと思ってた…………」
もう一人の女子は、息を切らしながら、なんだかおかしなこと言っている。
「なに……恥ずかしくて言葉を待ってる…………って本当だったの…………乙女ね?」
「もうっ、悟の前で言わないでよ!!!!」
「あっ、おっさきー!!」
「あっ、ちょっと!! ……待ってて、悟、今、先生呼んでくるから!!!」
彼女らの声はうっすらと遠のいてき、俺の意識も遠のいていった。
* * *
ふと目覚めると白い天井が目に映る。
あたりを見渡すと、白いカーテンに囲まれていて、白い布団で寝ている。そして、ぱっちりとした目と目が合う。
「よかった〜」
鈴香はそう言って抱きついてきた。彼女は制服に着替えていて、さらにカーテンの下からはオレンジの陽がのぞいていた。
「いきなり倒れるから心配したんだから」
「そうやって……」
「ありがとう! でも、そんな見えすいた褒めじゃあ絆されないからね?」
鈴香は、先走る。
俺の言いたいことに気づいたかのように、また先走る。毎回毎回俺の言葉を言う前から、先走ってしまう。だから、明後日の方向からの言葉を伝えてやる。
「好きだよ」
「いいいま、そそそんなこと言おうとしてなかったよね? ち違うよね? せせっかくの準備台無し……私、そんな予想外のこと言われたら絆されちゃうから、心臓に悪いから……」
ものすごい勢いで、真っ赤に染まる鈴香は、俺と比べて様々な面で、すごく遠い距離を走っているけど、本質は…………
とってもチョロくて可愛いかった。
マラソン中、幼馴染に囁かれる、『脈絡のないつぶやき』は何なのか? さーしゅー @sasyu34
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