それいけ!ダチョウ先生!

一矢射的

サバンナから来た暴走教師



 私立「沙府亜利サファリ高校」二年B組の教室は騒然としていた。

 前任の井上先生がストレスからくる胃潰瘍いかいようで入院し、本日より赴任した新たな教師がクラスを受け持つというのだ。

 それも問題児が多いB組のため特別に招かれたスーパー教師だというのだから、それはもう生徒たちもざわめきだすというものだ。




 朝のホームルーム前、廊下に立つだけで教室の中からバカ騒ぎが聞こえてくる。

 副校長の谷口はハンカチで禿げた頭を拭うと緊張した面持ちで新任に告げた。


「では、まず私が行って連中を黙らせますので、先生はここでお待ちになって下さい」

「せっかくですが、いらぬ気付いですわ。私達はあの子らを自立させるべく教壇きょうだんに立っているのです。それなのに、初めの挨拶あいさつから副校長の手をわずらわせるようでは教員失格ですわ」

「し、しかし、あの連中ときたら、まったく野獣のようで」

「ご心配なく、ケダモノの扱いなら慣れていますから……ふふふ」


 不敵に笑うと新任教師は教室の引き戸を開けた、右足で。

 そしてその良く通る美声をクラス中に響かせたのだった。


「はぁい、みなさーん! 席について注目! わ・た・し、が噂の新任教師よーん」


「あぁん?」

「うるせーな、お呼びじゃねーよ」

「へっ、女なんかにB組の教師が……え?」

「おい、あれ。まさか」

「だよな。やっぱり……」


 水を打ったように静まり返った教室。

 その理由は新担任の異様極まる容姿にあった。


 伸びたまつ毛が女性的だが、身長はゆうに二メートル以上。ノッシノッシと二足歩行で床を踏みしめる重量感はさながらSF映画のロボットか恐竜のようだ。

 地上最大の鳥類でありながら走ることにかけてはサバンナの頂点を極めた存在。


 そう、そこにいたのはダチョウであった。


「はぁ!? ダチョウ!?」

「やべえよ、絶対にマズイって」

「警察、いや保健所に電話を」


「うろたえるなー! こわっぱども!!」


 ダチョウといえども、彼女は教師。取り乱した生徒たちを鋭く一喝いっかつして黙らせた。

 うろたえた原因はお前じゃないか。皆がそう思わなくもなかったけれど、それを口にできる者は誰もいなかった。

 一呼吸間を置いて主導権イニシアティブが己にあることを確かめると、ダチョウはガラッと声色こわいろを変え、猫なで声でこう続けるのだった。


「もう、慌てないの。あわてんぼさん! すぐパニックになるようじゃ、サバンナで生き残れませんよ? 自己紹介は、こ・れ・か・ら。まず席について号令ごうれいしましょう」


 いったい誰がダチョウのド迫力に逆らえるだろう?

 怒鳴った時の彼女ときたら、顔や首筋に血管が浮き上がっているのだ。

 さしものワル共もここは大人しく従うしかなかった。


 くちばしにチョークをくわえ、器用に板書するダチョウ。

 黒板には彼女のフルネームがしっかりと書かれていた。

 悪夢のようだが、これは現実である。


『ルシアナ・Fフォン・オストリッチ』


 ―― 日本人じゃねーよ。


 いや、そもそも人ですらなければ哺乳類ですらないのだから、ルシアナと目を合わせないようにしている生徒たちもこれといって人種差別主義者というわけではないのである。どうか、読者諸君もその点は安心して頂きたい。この作品に人種差別は一切ない。


「今日からこのクラスを受け持つことになった、ルシアナでーす。年齢は二十五歳、夢は皆さんのような生徒を立派な大人に育て上げることです。そう、将来、社会やサバンナに出たとき困らないような」


 ―― いや、サバンナ行かないから。


 このままではダチョウの成すがままだ。

 そう悟ったクラスの委員長、大月響子がささやかながら抵抗を試みた。


「……質問、そもそも先生ダチョウですよね? どうしてしゃべれるんですか」

「んー、やっぱり気になる? そうよね、まずそこからよね。実は先生、こう見えても生まれつきダチョウというわけではなかったの。一年前までは、うら若き乙女だったのよ」

「そ、そうなんですか。(そうは見えませんが)何があったんです?」

「それを話せば長くなるんだけど……」


 ある朝のこと、目覚めたルシアナは自分の姿が一匹のダチョウに変わり果てていることを発見した。


「……ということがあってね」

「短っ!! いや他になにかありますよね? 神社で罰当たりな行為をしたとか、道路でダチョウをひき殺してしまったとか、そんな予兆が!」

「もう、高校生なんだから軽はずみな発言は慎むの。いい? 日本の道路にダチョウなんて居るわけがないでしょう? はい、論破」


 正論ではある。

 だが、教壇に立つダチョウを目の前にして納得できる話ではなかった。


「全然ヘン! こんなの絶対おかしいから!」


「おだまり、小娘が! 細かい事を気にしていたら、ライオンに襲われたとき生き残れませんよ」


 得意の青筋一喝。

 日本にライオンなんか居るわけがないだろ。愛する生徒たちの内なる突っ込みは、憧れの教職に酔いしれたルシアナ先生にはまるで届かないのだった。


 これは、将来「青年海外協力隊」か何かで、サバンナに行くことを運命づけられた(かもしれない)高校生たちの愛と青春の物語なのである。











「うっわ、見ろよ風太。校庭をダチョウが走り回ってるぜ。スゲー、砂煙」

「うっせえな、そんなもん見飽きたよ」

「そうか風太はB組だったな、まったくご愁傷しゅうしょうさま」


 ところ変わってそこは校舎の屋上。

 男子生徒三人が昼飯のパンを食べながらクダを巻いている所であった。


 青空風太は、いわゆる不良のレッテルを張られたB組のリーダー格だった。

 ツッコミと喧嘩にかけては右に出る者はいない。かつては職員室でもそう恐れられる猛者であったというのに。


 ルシアナ先生が来てから日常の歯車が狂いだしてガタガタになった。

 クラスの喧嘩番長は、ダチョウ専門のツッコミ番長へと降格してしまったのだ。

 今では欠かさず動物番組を見てサバンナの勉強までしている。

 全ては極上のツッコミを欠かさない為の涙ぐましい努力であった。


「あの先生、喋るたびにボケかましやがる。いちいちツッコミをやらされる俺の身にもなってくれ」

「お前のツッコミ、躍動感やくどうかんがあふれているもんな。あれは疲れるわ」

「まぁ、前任に比べてやる気はあると思うよ。情熱の塊みたいな人……鳥だから」


 いつもさげすんだ目でこちらを見て、罵声ばせいを浴びせかけてくる大人とは違う。

 ルシアナは全身全霊で生徒にぶつかってくる熱血教師であった。

 まぁ、本気でダチョウにぶつかられたら人が死ぬので単なる比喩なんですけど。時速六十キロなんてバイクと変わりませんぜ。


「なんだよ、風太。先生にホレちゃったの?」

「ば、バカいえ! 俺はケモナーじゃねえ」

「でもB組の名物って噂されてるぜ。ダチョウ使いの風太って」

「お、おま、先生を猿回しみたいに言うんじゃねーよ」

「うーん、深刻だな、こりゃ」


 不良たちが色々と風太の将来を案じていると、唐突に屋上の扉が蹴破られ……激しい砂煙が収まるとそこには一匹のダチョウの姿があった。


「テメェらー! 屋上は立ち入り禁止でしょうが! 校則も守れないようじゃ、将来は群れを追放されるわよ」

「いや、人間はダチョウみたいに一夫多妻制じゃねーから」


 躍動感あふれるツッコミをしながら、風太はイマイチだったなと反省するのだった。ツッコミとは蘊蓄うんちくを垂れ流すためにするものではないのだ。











 そんなある日のことだ。

 今日も今日とてB組のメンバーがアフリカの動物について学んでいると、荒々しく教室のドアが叩きつけられ目出し帽をかぶった男たちが飛び込んできたのだった。

 その手には何と現金のつまったバックと散弾銃ショットガンが握られていた。


 校庭に目をやれば多数のパトカーと校門にぶつかって壊れたワゴン車の姿が見える。これらの状況から導き出される答えは一つ。

 賢明なルシアナ先生は即座に悟った。


「貴方たち、さては密猟者みつりょうしゃね!? これだからサバンナは」

「銀行強盗だ!! 大人しくしねぇと風穴があくぞ。お前らみんな人質だ」


 さしものダチョウといえども近代兵器の前には無力。

 たちまち荒縄で縛り上げられてしまった。


「あぁ! お願い、どうか生徒たちには手を出さないで。ダチョウの肉はステーキに最適だから。オーストラリアとかじゃ高値で取引されているから!」

「へへ、何だかエロ本みたいな展開になってきたじゃねえか。大切な生徒の前ではずかしめてやるぜ。おい、そのバックからバリカンを出せ。毛刈りの時間だ」

「いやぁ! ケダモノー!」


 こいつ等、銀行強盗するのにバリカンを持ち歩いているのかよ。

 元から服を着てない先生をどう辱めるというのだろう。


 そんなツッコミが風太の頭をかすめたが、彼の口をついて出たのはまったく別の台詞だった。


「お前ら、先生に手を出すんじゃねー」

「風太くん!」

「そうよ、先生はB組に必要な人? ……人なんだから」

「小娘!」


「チッ、うるせぇガキどもだ」


 強盗が銃を生徒へ向けた時、ダチョウの中で何かが弾けた。

 眠れる野生の力が愛する生徒たちの危機によって解放されたのだ。その脚力は5トンに及び、時に自らが腰を下ろす時の勢いで尻を骨折するほどだという。

 そして、強盗たちの耳目じもくは全て風太に集まって隙だらけだった。


「文部省公認秘儀、ダチョウ六連蹴り」


 縄を引きちぎったルシアナは発砲の隙すら与えず銀行強盗を窓の外へと蹴り飛ばした。

 協調性の低いB組の生徒たちもこの時ばかりは満場一致で拍手喝采かっさい

 ルシアナ先生は涙を流しながら生徒たちを抱擁ほうようした。


「みんな、勇敢で立派だったわ。これで将来サバンナに行く時も大丈夫。皆さんならきっと密猟者にも負けないと信じているわ」

「へへ、よせよ。先生を信じてなきゃ囮役おとりやくなんてやれねーよ」


 そこにはもう無粋なツッコミは不在だった。もう尺もないし。

 風太が将来「青年海外協力隊」に参加しアフリカへと旅立った時、同級生たちは全員が「やっぱりな」とうなずきあったという。


 格言にある。海の事は漁師に習え……と。

 サバンナのことはダチョウに教わるのが一番なのだ。

 逆境にくじけぬ野生の強靭きょうじんさを教え込めるのは彼女しかいない。


 迷える生徒が今日も彼女を待っている。

 それ行け! ダチョウ先生!

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