クラスメートの田中は、競歩大会のペアを探しているらしい。

石動なつめ

クラスメートの田中は、競歩大会のペアを探しているらしい。


 子供の頃の私は運動会が大の苦手だった。

 特に短距離走。走るのが遅いので、いつも私は最下位だった。

 誰かに笑われる事はないけれど、負けず嫌いだった私にとっては、最下位である事がたまらなく悔しかったのだ。

 その逆にマラソンのような長距離走は好きだった。速さよりも体力が大事な競技だから、順位を気にする事なく走れた。

 

 さてそんな長距離走だが、私が通う高校には『競歩大会』という行事が春の終わりに行われる。

 競歩と名前がつくものの、基本的にはマラソン大会である。始まった最初の頃はちゃんと競歩で行われていたかもしれないけれど。

 話は戻るが、その競歩大会は二十kmほどの距離を走る。

 学校からスタートし、途中にある皆森神社を折り返し地点にして、また学校へ戻るというコースだ。


 先ほど『順位を気にする事なく』とは言ったが、一応、順位付けというものはある。上位三十名には表彰状が出るのだ。

 ただ全学年で順位が統一されているので、三十名以下の順位はあまり関係ないというものである。

 それに高校生にもなると、頑張る人と頑張らない人の差が出て来る。走って午前中で帰る人もいれば、だらだら歩いてお昼過ぎにゴールする人もいた。


 ちなみに私は前者だ。何と言っても、早く走り終えれば、そのまま家に帰って良いという流れなのだ。

 それならばだらだら走るより、さっさとゴールして家に帰った方が断然良い。


「瀬田ぁー! おーい!」


 そんな事を考えながら走る準備をしていたら、クラスメイトの田村に声をかけられた。


「なー瀬田! 今日さー、一緒に走ろうぜ!」

「えー? やだよ、だって田中って野球部でしょ。走るの絶対速いもの。私、自分のペースで走らないと途中で潰れる自身あるよ」

「いや、瀬田のペースでいいって。だってお前、去年の競歩大会、三十位だったじゃん」


 田中の言う通り、私は去年、競歩大会で三十位になった。

 運動部でもない私は上位に食い込んだのを見て、先生やクラスメイトが驚いた顔をしていたのを今も覚えている。

 運動は苦手じゃないんだけど、どうも私、運動が出来なさそうに見られるんだよな……。何でだろう。


「去年と今じゃ違うって。どう考えても若い一年生の方が体力あるよ?」

「そんなおばさんみたいな事を」

「一年の差ってのはさ、結構でかいんだよ、田中……」


 フッと笑って見せると、田中はパンッと両手を合わせる。


「頼むよ! ペア見つけられてないの俺だけなんだよ!」


 ペア? 何だそりゃ。

 そんなシステム、この競歩大会になかったはずだけど。

 奇妙に思って聞き返すと田中は、


「真面目に走る奴と二人で走った方が、一人で走るよりタイムが良いんだよ。それで、部長が今年はペアで参加してみようって言い出してさぁ。俺だけ今日の今日まで相手が見つからなかったの」


 と言った。それはまた厄介な提案をしているなぁ。


「他の部員は?」

「全部埋まった。いや、もちろんな、俺だって声をかけたんだぜ? だけど他の奴が何か……その……組めないとかわいそうだなって……」


 話しながら田中は困ったようにそう言った。

 ……そう言えば、田中は入学式の頃からこういう奴だった。

 二人ペアを作りなさいってなった時に、欠席の子とかいて人数が合わないと「俺は後でいいからさ!」「先生ー! 俺と組んで!」とか、自分を後に回す奴なのだ。

 たぶん、根がお人良しなのだと思う。私も何回か田中に助けられた事があったっけ。


 思い出したら、そう言えばあの時の借りとか、返せてないな。

 そう思ったので、


「……分かった。いいよ。でも本当、野球部の田中達より、足は絶対に遅いからね? そこは最初に謝っとくからね?」


 と私が言うと、田中がパアッと笑顔になる。

 あまりにキラキラした笑顔をむけられたものだから、思わずドキッとしてしまった。


「やった、ありがとう瀬田! 助かる! ゴールしたらジュースおごるよ!」

「いいよいいよ、おごらなくて」

「いやいや、そういうわけにはいかないから! ひゅー、やったぜー! じゃ、後でなー!」


 田中はジャンプでもしそうな勢いでそう言うと、ぶんぶん手を振って走って行く。

 向かう先は野球部員の集まりだ。ふと気が付けば、彼らがこちらを見ているのが分かった。


「やったな田中! 頑張れよ!」

「二年目にしてようやくか! 頑張れよ!」


 なんて賑やかに話をしている。

 二年目にしてって何だ。ペアの話が出たのは今年からだろう。

 何だか良く分からないけれど、まぁ、楽しそうなので何よりだ。


 そんな事を考えながら私は準備運動を始める。

 何だかんだで誰かと一緒に走るのは初めてで、今年はちょっとだけ、競歩大会が楽しみだ。

 早く始まらないかなぁと、少しそわそわしながら、私は校舎の時計を見上げたのだった。

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クラスメートの田中は、競歩大会のペアを探しているらしい。 石動なつめ @natsume_isurugi

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