宰相子息は嘆く

山吹弓美

宰相子息は嘆く

 くそっ! 何で、なんでだっ!


「ほーら、走れ走れ!」


「はあ、はあ、はあっ」


 何で僕は、国軍の新兵として訓練を受けているんだ!


「いくら宰相閣下のご子息だからといって、鍛錬の手を抜くなと直々にご下命いただいているからな! 頑張れよ!」


 何で父上は、こんなところに僕を放り込んだんだ! 僕は悪くないじゃないか!

 全部……そう、全部第一王子殿下と、子爵令嬢と、公爵令嬢のせいだ!




 そもそもは、第一王子殿下が子爵令嬢と仲良くなったことがきっかけだった。公爵令嬢っていう婚約者がいるにも関わらず、だ。

 子爵令嬢、と言っても養女。後継者がいない家なので本来ならば男子を養子に取るところを、あの家は養女を迎え入れた。ま、目的は明白だな。いいところの息子を捕まえて、あわよくば成り上がろうというせこい魂胆。

 それに引っかかってしまったのが殿下と僕、国境を守備する辺境伯家の次男、あと殿下の婚約者である公爵令嬢の実兄。ちなみにうちは侯爵家なので、見事に子爵家の目論見が実を結んだ形になる。


 ……いや、今だからこうやって冷静に振り返れるんだけどさ。

 当時は殿下含めて全員が子爵令嬢可愛らしすぎる、それに比べて公爵令嬢は……なんて思考に走ってしまってて。実の兄までそうだったんだからさ、仕方ないじゃないか。

 で、その子爵令嬢は公爵令嬢から嫌がらせを受けている、と僕たちに訴えた。証拠として引き裂かれた教科書やノートも見せてくれたし、時には髪の毛がぼさぼさになっていたこともある。打ち身や擦り傷を訴えたことも、びしょ濡れになっていたこともある。

 だから僕たちは、公爵令嬢を公衆の面前で糾弾することにしたんだ。実兄である公爵令息曰く、両親である公爵夫妻は彼女に甘く現実を見せつけなければ納得しないだろう、とのことだったし。


 公爵令嬢の糾弾には子爵令嬢が提出してきた証拠と、それから彼女の『友人』たちからの証言を書面にまとめたものを使った。僕たちが走り回って手に入れたそれらが、嘘で塗り固められたものだと分かったのは『糾弾』の最中で。

 結果、第一王子殿下と公爵令嬢との婚約は白紙に戻った。殿下の王位継承権が剥奪され、城にある懲罰の塔に幽閉されることとなったというおまけ付き、だが。

 子爵令嬢は王家と高位貴族を混乱させた、ひいては国家転覆に導こうとしたということで捕縛。その後は話が聞こえてこないが、もしかしたらもう生きていないかもしれない。彼女を養女にした子爵家も、おそらくは。

 僕たちは実家に引き取られ、各々の家で処分を決めることとなった。




「さあ、こちらがお坊ちゃまのお荷物でございます」


「え」


 帰宅した俺は、門の前で止められた。そこには小さなかばんがひとつ、ぽつんと置かれている。家令がそれを指し示し、いつものように平然とした表情で僕に告げた。


「ご当主様より、国軍の新兵として任に励めというお言葉を頂いております。まもなくお迎えが参りますゆえ、それまではここでお待ちくださいませ」


「新兵?」


 いや、ちょっと待ってくれ。僕は、父上の補佐として王城で事務作業に励むはずじゃなかったのか? 兵士になれなんて、僕の体力じゃ無理に決まってるじゃないか?

 「ご当主様よりの伝言をお預かりしております」と無表情のまま、家令は言葉を続けた。


「曲がりなりにも私の子であれば、双方の言い分を公平に分析し、結果を出さねばならぬ。少なくとも私と妻はそのように教育したはずだが、お前はそう育たなかった。これでは、国を任せるに値せぬ。一人の兵士として、心身を鍛え直せ」


「……なあああああああ!?」


 僕の絶叫は、頭を深く下げて門の中に帰っていく家令を振り向かせるには至らなかった。




「ほい、あと三セット! ほらほら、走って走って!」


「そ、そんなあああ!」


 そうして僕は今日も、ひたすら走り続けている。いや、もう、無理だって。

 子爵令嬢め! 殿下め、そして公爵令嬢!

 覚えてろよおおおおお!

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