44 : Endless Morning - 03(Fin.)

 サイラスが意識を失っていたのはたった三日だ。

 クラハドも相当に深い傷を負ったとみていたのに、と思う。

 思うと同時に別のことも思った。ソラネンの街はこれから復興の道を歩まなければならない。その道にサイラスは不要なのだろうか。そんな一抹の不安が胸をよぎる。薄っすらと曇った表情の論拠を察したクラハドが表情を緩めた。


「――本当に、よいのか」

「トライスター。おぬしには十年世話になった。向こう十年もおぬしの術式に頼ることになろうが、我らの為だけにおぬしを繋ぎ止めるわけにはいくまい」


 その言葉に指導者たちは各々の表情でサイラスに微笑みかけた。

 彼らの笑みがサイラスの背を押す。使い捨てられたのではない。用済みだとか、利用価値がなくなっただとかそんな無粋な理由でもない。この街はまだまだサイラスのことを必要としている。

 それでも。

 それ以上にサイラスが必要な場所があるのなら。そこに信頼に足るトライスターを貸し出すのはソラネンにとってもまた誇りである、と彼らは言った。


「行くがよい、トライスター。そしてその目でその耳で、その手足で世界の理を一つでも多く見聞せよ。そしていつでもよい。またこのソラネンへ戻ることがあれば、我らはおぬしを心から歓迎しよう」

「新しく古いままのソラネンの街で君をいつまでも待っていますよ、トライスター」


 クラハドに続き、シェール・ソノリテが騎士ギルドを代表して餞別の言葉をくれた。その後に幾つかのギルドのものが言葉をかけてはこの場を辞去する。その繰り返しで、最後にはクラハドと三体の魔獣、それからシキの姿だけが残った。

 その和やかな空気の中、テレジアが複雑な表情のままおもむろに口を開く。


「坊や。あんたにはいいんだか悪いんだかよくわからない知らせだと思うがね、あたしはここで留守番さ」

「――もしや、同属共鳴か」

「あんたに隠しごとは出来ないねえ。そうだよ、その通りさ、あたしの脚ももろとも輝石になっちまったからねえ。骨の爺にもどうにも出来ないって言われちまったのさ」

「――すま」

「謝るのはなしだよ、坊や」

「だが」

「言っただろう。あんたがいなけりゃ、あたしはあの夜に死んじまってた運命さ。あんたの為に使えるのなら、そりゃ本望ってもんだろう」


 だから、ずっとずっと、この街で寄宿舎の女将として待っているからいつか、安寧のソラネンを思い出したらまた立ち寄ってほしい。そう言ってテレジアは本当に心の底から綺麗に笑った。

 サイラスとテレジアのやり取りを隣で見ていたリアムがいつからか号泣の状態に入っている。

 どうしてお前が泣いているのだとリアムを小突くと、本当にわんわんと声を出して大泣きを始めてしまった。


 人生という道に正答はない。人の数だけ答えがあり、その価値を決められるのは当の本人だけだ。

 苦しい道の方が価値が高い、だとか、楽な道を選べる方が有能、だとかそんなことは価値観次第でどうとでも変わる。自分自身に胸を張れる自分であること、を志したサイラスの道は今、一つの成果を得た。

 その答えに慢心せず、次の答えに向けて最善を尽くす。

 それが、サイラスの道で待っている宿命なのだと受け入れ、くさらず、そうしてまた答えを得るまで走り続ける。

 明日の空は明日の自分しか知らない。だから。


「魔獣退治? いいよ、引き受けよう」

「リアム! お前は安請け合いをするなと何度言えば――」

「いいじゃん、セイ。お前だってそろそろ素材不足だろ?」

「――お前に説教をする時間の方がよほど無駄のような気がしてきた」

「だろ?」

「いや、傭兵。貴様は何も褒められていないと俺は感じるのだが……」

「坊ちゃんも早く勲功あげてソラネンに帰りたいくせにー」

「それとこれとは話が別だ!」

「――わたしたちの新しいあるじは本当に難儀ね、フィル」

「まったくだ、スティ」


 そんな雑談を交わしながら、何ごとでもない日々が続いていく。

 賑わいの中旅をするサイラス・ソールズベリ=セイの道行きが答えを得るまで。この旅はまだ終わる気配すら見せないでいる。

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Wish upon a Star 稲瀬 @hatzhow

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