43 : Endless Morning - 02
知っている。このリアムはサイラスの知っているただのウィリアム・ハーディだ。彼がジギズムント伯であるなどただの戯言だったと本気で信じたくなるぐらいに、リアムはいつものリアムだった。
「――大声で叫ばずとも聞こえているに決まっているだろう、リアム」
「まだ、その名前で呼んでくれるんだな、セイ」
「私はもう王都の市民ではないのでな。ソラネンの街においてお前はただのリアムだ」
だから、今更彼がジギズムント伯だろうが何だろうが一年にふた月だけの友人であることに変わりはない、と告げるとリアムは嗚咽を漏らした。
「セイ……ごめん、本当、騙すつもりじゃなくて……言っても信じてもらえないと思ってたし、言い出す頃合いがわかんなくなったっていうか……本当にごめん」
「本当に悪いと思うのなら、お前はそのままリアムでいてくれ」
「えっ?」
「……私は、ジギズムント伯のことを憎んでいた」
リアムの先代のジギズムント伯のことだ。全てを失ったサイラスのことを守ってくれなかった酷い存在だと逆恨みをしていた時期がある。それはリアムには何の関わりもなく、そして何の責任もないことだ。だから、リアムに――どころか誰にもこの話をしたことはない。
年月が過ぎ、サイラスはソラネンに育まれ人には様々な状況や立場があることを知った。
そうして、人を許すことと人を慈しむことを覚えたサイラスだったが、友人と呼べる存在が出来たのはリアムが一番最初だった。
「私はもうこれ以上、故郷も友人も失いたくないのだ」
「セイ、お前――」
「ジギズムント伯にトライスターの友人が必要なのならばそう言え。HARDYの名を冠したお前のことも私は友人として受け入れよう。それで? お前は私に何を望む」
「――セイがソラネンのこと、凄く大事にしてるって今回のことで嫌ってほど思い知った。俺よりもソラネンの方がセイにとって大事なんだってのもわかってる。それでも、俺はお前に頼みがあるんだ」
「ジギズムントの王立学院で教授をしてくれ、以外の返答なら考慮しよう」
「そんなつまらないこと、俺がお前に頼むかよ」
セイ、この国の為に俺と旅をしてくれないか。
真剣そのものの表情でリアムがそう言う。
言葉の意味を裏の裏の裏の裏まで考えて、そしてサイラスは表しかないと思っていた筈の友人のことを疑おうとしている自分を殴りつけた。
「お前ももう気付いてるだろ。父上は長くない。国は荒れる。そのときに俺はジギズムント伯として出来る限りのことをしたい。その為に、お前が必要なんだ」
「お前は私に二度、故郷を棄てろと言っているのと同義だと気付いているか」
「わかってる。最低な頼みだ。それでも、俺はお前の街を想う気持ちを利用したいんだ」
「――リアム、そこは嘘でもいいから助けてほしい程度に丸く収めろ」
「嘘なんてお前には何の意味もないだろ。だから、素直に頼むよ。俺と一緒にこの国を守るすべを探してほしいんだ」
ひいてはそれがソラネンを守ることにつながっているだろうから。
言い切ったリアムの頬を何の予告もなく握った拳で殴りつけた。サイラスの初動など見えきっているだろうにリアムは避けるどころか構えを取ることさえなく、ただ殴られた。それが彼にとっての決意なのだということは言われなくてもわかる。償いではない。贖いでもない。ただ、自らがしたことの報いを受けようとしている。その潔さをサイラスは決して憎くは思っていなかった。
「殴った私の手の方が無駄に痛むではないか」
「セイは根っからのもやしだからなぁ」
「お前は演技でもいいからもう少し痛そうな顔をしろ」
「えー、俺とセイの仲で嘘とか本当意味ないじゃん」
「全く。本当に困った友人だな、お前は」
クラハドが先に言っていた台詞を思い出す。神の奇跡によって生じた天然の魔石にはソラネンの街を守るのに十分な魔力がある。それは、多分、こういう未来が待っているとわかっていたから先に言ったのだろう。
天才と呼ばれてもまだまだ十九年しか生きていないサイラスの何枚も上を行く老翁にあと十年は到底手も足も出ないのだろうと思うとそれだけが少し悔しかった。
「セイ、いいのか?」
何度も何度も何度でも確認の言葉を投げかけてくるリアムを見ていると、テレジアに出会う前の自分を見ているようでどこか歯がゆさを感じさせた。
いいとも。ソラネンの街はあの輝石がある限り、十年はゆうに守られるだろう。そう出来るだけの知識と魔力が今のサイラスには備わっていた。
問題があるとすれば、それはサイラスの中ではない。
「いいのだろう? 立ち聞きをしているわが師よ」
「えっ?」
ぞろ顔ぶれを揃えて戻って、何が散策か。仕切り布の向こうにいるクラハドにそう、嫌味を投げつけると老翁は「何、偶然とは恐ろしいものよ」と言ってサイラスの目覚めを待っていた一同を中に通した。
三体の魔獣、各ギルドの指導者たち。それからシキ・Nマクニールの姿もある。
「マクニール。お前までも立ち聞きか。随分といい趣味をしているな」
「なっ! 俺はそのような卑怯な行いは決して――」
「ならばそういうことにしておこう」
それで。よいのか、カーバッハ師。元老院と王立学院の許諾証でも持っていれば満点の大根芝居だ。半ば冗談でそう煽ると、指導者たちが苦く笑った。
「あまりそう褒めてくれるな。トライスター」
「この方は全てのギルドの許可を得てこちらにおられるのです」
「なんのなんの。我の方が先に目覚めたということには因果があるはずであろうからな」
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