丑の恋参り

無月弟(無月蒼)

丑の恋参り

 憎い。

 憎い。

 あの人が憎い。


 私、神山千鶴には付き合って三年になる彼氏がいた。

 浪費家だった彼はよくお金に困っていて、いつも貸してあげていたっけ。


 だけど、そんな彼は浮気をしていた。

 いや、浮気と言うか、元々私の事は財布としてしか見ていなかったらしい。

 酷いよ、こっちは結婚まで考えてたのに。


 許さない。許せるわけがない。

 呪ってやる。絶対に呪ってやる。


 だから私はやって来た。

 草木も眠る丑三つ時に、人気が無く静まりかえった、真っ暗な神社に。

 白装束を羽織って、右手には金づち、左手には藁人形を携えながら。丑の刻参りと呼ばれる儀式を行うために。


 目指すはこの神社のご神木。この藁人形を、釘で打ち付けるのだ。怨みを込めながら。


 私はゆっくりと。だけどしっかりとした足取りで、ご神木へと向かった。

 向かったのだけど。


「えっ?」

「は?」


 時が止まった。

 ご神木の前には、私よりも少し年下と思われる、二十代前半くらいの男性が。

 私と同じく白装束を着て、藁人形と金づちを手にしながら立っていたのだ。


「え、ええと。ひょっとして貴方も?」

「そんな格好をしてるってことは貴女も。その、丑の刻参をしに来たのですよね?」


 気まずい沈黙が流れる。

 オーマイガ-ッ! まさか丑の刻参りがブッキングしちゃうなんて!

 向こうの男性も、困った顔をしている。。


「ど、どうしましょう。丑の刻参りを他人に見られたら、呪いは失敗するって言われていますけど」

「え、そうなんですか?」

「ご存じありませんか?」

「ごめんなさい、私そんなに詳しくは調べてなくて。けど私達二人とも丑の刻参りするから、呪う者同士見られあってもセーフってはなりませんか?」


 って、私ってば気が動転して変なこと言っちゃってるよ。

 けど意外にも彼は「それもそうかも」なんて言ってきた。


「まあ、せっかく準備してここまで来たわけですし、物は試しでやってみますか。ええとそれじゃあ、貴女からやります?」

「良いんですか。それじゃあ、お先に失礼します」


 先を譲ってもらった。

 彼、レディファースト主義なのかな? そういえばあの元カレからは、そんな扱いされたことなかったなあ。


 そんなことを考えながらご神木に藁人形を押し当てて、釘を突き立て金づちを振り下ろす。


 か~ん……。


 ありゃ、ちゃんと釘が刺さってくれない。考えてみたら私、金づちなんてまともに使ったこと無いのよね。

 もう一度振り下ろしてみたけど、鈍い音がするばかりで上手く刺さらない。

 どうしよう、後を待たせてるのに。


「それじゃあダメですよ。もっとちゃんと釘を押さえないと」


 そう言って彼は釘を持っている私の手に触れてきて、暖かな温度が指に伝わる。


「ひゃっ!?」

「あ、すみません」

「いいえ、ちょっとビックリしただけです。……あの、ご指導お願いします」


 いきなり手を触れられたから、ドキドキしちゃった。

 彼の教え方はとても丁寧で分かりやすく、さっきまで刺さってくれなかった釘はちゃんと刺さってくれた。


 そして次は、彼の番。

 コンコン、コンコン。釘を打つ音が真っ暗な神社に響く。


「上手なんですね、金づちの使い方」

「親が大工なんです。子どもの頃から真似をしてて、使い方を覚えたんですよ」


 照れたように言う彼は可愛くて、思わずクスリと笑っちゃった。


 やがて釘を刺し終わり、彼は振り向いて私を見る。


「今日はこれでいいとして、明日からはどうします?」

「明日からって?」

「ほら、丑の刻参りは七日間続けないといけないじゃないですか。時間をズラした方が良いかもって思ったんですけど……それもご存じ無いですか?」

「うう、勉強不足ですみません」


 こんなに無知なのに呪おうなんて、我ながらなんて浅はかなんだろう。


「あの、もしご迷惑でなければ、明日もご一緒させてもらえないですか。私、丑の刻参りのこと全然分かっていなくて。色々教えてもらいたいんですけど」


 図々しいお願いだと思うけど、彼は嫌な顔をせずに、ニコッと微笑んだ。


「いいですよ。それじゃあ、明日もまた同じ時間に」


 こうして、私と彼とは会うようになっていった。






 コンコン、コンコン。

 真っ暗な神社に、金づちの音が響く。


 丑の刻参りを初めて四日目。

 私達は少しずつ、お互いのことを話すようになっていった。

 彼の名前は水守真二くん。私より二つ歳下で、市内に住む24歳の会社員だと言う。


「そういえば神山さんは、何の怨みがあって相手を呪っているんですか?」

「大したことじゃないんだけどね。ちょっと質の悪い男に捨てられちゃって」


 藁人形に釘を打ち付けながら、身に起きた事を話していく。

 彼は私の事を好きでなかった。いいように騙されて、お金だけを盗られていった事を全部。


「まあ、私に見る目がなかっただけなんだけどね。友達や親からは、最初から怪しかった、騙される方が悪いって言われちゃった」

「何言ってるんですか。騙す方が悪いに決まってますって。その男もバカですよ。俺だったら絶対、神山さんの事を放さないのに」


 ドキッとして思わず、金づちを振る手が止まった。

 見ると彼は頬を赤く染めながら、しまったと言わんばかりに口に手を当てている。


「ええと、それってどういう……」

「すみません、忘れてください。呪いはもう、かけ終わりましたよね。明日も仕事あるんですから、さっさと帰って寝ましょう」


 はぐらかされてしまったけれど。私は彼と別れた後も、ドキドキが収まらなかった。






 コンコン、コンコン。

 丑の刻参り五日目。今日は水守くんの呪いたい相手と、怨みについて聞いてみた。


「相手は職場の上司ですよ。その人、中学の時の先輩でもあるんです。俺、何故かその人に目をつけられていて、毎日いじめられていました」


 聞けば学年が違うのに、毎日教室にやって来ては連れ出して、酷い嫌がらせを受けていたのだという。

 そうして耐えきれなくなった彼は学校に行くのを止めた。


「受験して入った学校でしたけど、通う気になんてなれませんでした。転校して、何とかまた学校に行けるようになったのに、まさか就職した先でまた会うなんて。中学時代と全く変わってなくて、中学時代逃げ出した俺の事を逃げ出した負け犬とか落ちこぼれだとか言ってきて。それで呪うことにしました。まあ本当の事なんですけどね」


 水守くんは悔しそうに言ったけど、私は首を横に振る。


「逃げる事の何が悪いの? そんなやつのいる学校になんて無理して通っても、良いことなんてないじゃない。逃げてよかったのよ。その先輩最低ね、社会人になっても嫌がらせしてくるなんて、大人のすることじゃないわ」

「神山さん……。ありがとうございます。俺、逃げてよかったなんて初めて言われました」


 水守くんは釘を打つ手を止めてゴシゴシと目を擦り。私はそれを見ないように、視線をそらした。

 辛かったよね。けど私は、水守くんの味方だよ。これからも胸を張って堂々と、二人で呪いを続けよう。





 コンコン、コンコン。

 丑の刻参り六日目。釘をうち終えたけど、私は胸に一抹の寂しさを感じていた。

 呪いも明日で最後。明日が終わったら、もう水守くんに会えなくなっちゃう。なのに。


「神山さん、どうたんですか?」

「ちょっとね。明日でもう、終わりだなーって思って」

「そうですね。呪い、成功すると良いですね」


 にっこりとした笑顔にドキッとするも、同時にモヤモヤが広がっていく。

 水守くんは、終わってもいいの? もう会えなくなっちゃうのに、平気なの?


 偶然呪いがブッキングしただけの、それだけの関係。サヨナラして、他人に戻るのは普通のことなのに。

 私はワガママだ。もっともっと、彼に会いたいって思っている。





 コンコン、コンコン。

 丑の刻参り最終日。ついに呪いをやりきった。やりきってしまった。


「終わっちゃったね」

「ええ、終わりましたね」


 水守くんは、達成感のある満足顔。だけど私は、これからもう一仕事ある。

 意を決して彼と向き合った。


「ねえ、こんなことを言うなんておかしいって思ってるけど。水守くんさえよかったら、これからも私と会って……お付き合いしてはくれませんか」


 言ったー! 言っちゃったー!

 ずっと丑の刻参りの師匠をやってくれていた水守くん。だけど私はいつしか彼にそれ以上の気持ち、恋心を抱いていた。


 ドキドキしながら返事を待っていると、彼は小さく口を開く。


「なんで、そんなこと言うんですか?」


 困ったような顔の彼。やっぱり、ダメだった?

 そうだよね。私じゃ、釣り合わないもんね。だけど彼は顔を赤く染めながら言葉をつづけた。


「なんで先に言っちゃうんですか。俺が言いたかった事なのに」


 え、それってつまり。


「神山さん。どうか俺と、付き合ってください!」






 ……こうして私達は、付き合うことになりました。


 丑の刻参りから始まったおかしな交際だけど、彼はとっても優しくて。会うたびにどんどん好きになっていって。

 そして来月、私達は結婚します!


 式を挙げるのは、丑の刻参りをしたあの神社。

 私達が出会った思い出の場所だもの。これ以上相応しい所はないよね。


 あ、そうそう。そういえば後で分かったんだけど、真二くんをいじめていた先輩兼上司というのが、何と私の元カレだったの。

 世間は狭いと言うか、あの野郎ますます許さん。


 まあもっとも、もう真二くんが意地悪されることはなくなったけど。

 だってアイツは原因不明の胸の痛みを訴えて、会社を辞めちゃったんだもの。


 丑の刻参りの影響かな?

 真二くんの話だと会社では、怨みを買うような人だったから毒でも盛られたんじゃないかって、冗談交じりで噂されているとか。


 ホラーかミステリーか。真相は誰にも分からない。

 けど、丑の刻参りをして本当によかった。おかげで真二くんと出会えて、ラブラブになれたんだもん。


「真二くん大好き」

「俺だって千鶴さんの事、大好きですよ」


 ふふふふふ~♪

 私達、幸せになりますね♡




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丑の恋参り 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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