『面白い』が欲しい私のまったりぶらり散歩

まぁち

走る



「こんな所で縫い物ですか」


 人気の無い深夜。

 今は使われていない、廃墟と化した運動場。

 そこで私は奇妙な二つの人影を見つけ、背後から声をかけた。


「ええまあ」


 声をかけてきた私に驚くどころか振り向きもしないで答えたのは、車椅子に乗り、縫い物をしている男性だった。

 短い髪に半袖のシャツから覗く引き締まった腕。この場所に相応しいスポーツマン然とした人物だ。


「大変そうですね。お手伝いましょうか」

「いえ、お気になさらず」


 私の申し出を断り、黙々と作業を続ける男性。

 あまりにも真剣。

 だけど私は面白いものに出会えた興奮からか、相手の迷惑も考えずに喋りかけてしまう。


「ふふふ、正直、私のような物好きしか居ないだろうと思っていたので亡霊か何かと間違えてしまう所でしたよ?」


 私の言葉に男性は手を止めないまま、


「……あなたこそ、どうしてこんな場所に?」

「私ですか。まあ、夜風に当たりつつ探し物と言ったところでしょうか」

「探し物?」

「はい、興味が湧くような何かを探しに」


 男性の問いに私は上がった気分のまま語る。


「生きていてもそこに意味を見出せなければ死んでいるのと同じでしょう?だから私はそういう何かを探したいんだと思います。大学生は毎日退屈なので」


 色んな言葉で着飾って言ってみるが、要は悪趣味なだけだ。

 深夜に出歩くと昼間より黒い感情を持った人間と出会いやすい。特に私の住むこの地域は治安が悪い事で有名。

 そして私自身、そういう星の下に生まれてきたのか、“おかしい人間”をどうにも引き寄せてしまう。

 私はそんな“おかしい人間”を見るのが好きだった。

 いつもの、平和に大学に通う日常では見ることの無いような異常。そういうものを嗜好品のように愉しむのが私。

 人として終わってるのは承知しているけれど、それでも止められないのだから仕方がないと割り切っている。


「……それは、そうですね。俺もそう思いますよ」

「あら、よく暴論だと言われるのですけど、分かってくださいます?」

「ええ。生きている意味を奪われた身なので」


 ぼそぼそと仄暗い声色で男性は縫い物を続ける。


「……それは、その縫い物と関係があるのですか?」

「ええ」


 私の質問に、初めて男性が強い意思を込めて返した。


「走れない人生なんて死んでるのと同じです」


 そう言われ、自然と車椅子に視線が行く。


「もしかして陸上の選手さんだった……のですか?」


 男性は頷いた。


「小さい頃からずっと走るのが好きでした。これからもずっと走り続けるんだって思っていました。まさか事故でこうなるとは思いもしなかったですがね」


 淡々と、事実だけを述べる機械のように男性は言った。

 それを聞いて私は納得した。


「なるほど。あなたはもう一度走るためにそんな事をしてるのですね」


 走る事に憑かれた人間。つまり彼はそういう人なのだろう。

 事故で脚を奪われ、それでも以前のように走りたくて、焦がれて、焦がれて、その結果行き着いてしまった。

 ふむ、面白い。


「……ちなみに、そこで寝ている男性はあなたのご友人ですか?」

「親友です。両脚の切断を余儀なくされた時、出来る事なら君に脚をあげたいとまで言ってくれました」

「……それは、素晴らしいご友人ですね」

「ええ。感謝しています」


 「御愁傷様です」と私は静かに手を合わせた。


「それでは、私はこれで。楽しい時間をありがとうございました」


 頭を下げ、今日の出会いに感謝。


「いえ……」


 男性はついぞこちらを振り向いてくれ無かったが、まあいいかと私は踵を返してその場を去った。



 どういう経緯で彼らがあそこに行き、ああなってしまったのか、それは分からない。

 分かる事と言えば、それが少なからず悲劇だったという事だけだ。



 # # #



 新聞に大きく取り上げられた記事があった。事故で両脚を失った元マラソン選手が友人を殺し、切り取ったその脚を自分の脚に縫い付けたというものだ。


『マラソンに取り憑かれた化け物モンスター


 そうメディアは騒ぎ立てた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『面白い』が欲しい私のまったりぶらり散歩 まぁち @ttlb

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ