戦車とラジコン

人生

 ついに走り出した我々による戯れ




 人混みのなかにいると、時折このなかの誰かが自分の心を読んでいるのではないか――そんなことを考えることがある。



『まさか我々の存在に勘付くとは』



『やはり地球人は面白い』



 ある朝、目が覚めると、脳に直接語り掛けて来る声があった。



『我々は、宇宙人。お前には今日一日、我々の指示に従って動いてもらう』



(な、なんだ……!? 頭に直接、ニュース番組に出演する犯罪者みたいな加工された声が……!)


『さあ、起床するのだ』


(俺は夢でも見ているのか……? この指示に従わなかったら……)


『従わなければ、こうなる』


 ドン! と部屋の窓にスズメが激突した。背筋に悪寒が走る。


(こ、殺される……!)


『さあ、起床するのだ。これから15分以内に家を出ろ』


「……!」




                   ■




『慌てるのではない。走るな』


「はあ、はあ、はあ……」


『走れば、お前の異常が周りに気付かれてしまう。走らず、歩くのだ』


(は、走らずに目的地まで行けと……!)


 心臓がバクバクと音を立てる。気持ちだけが先走る。急がなければならない。指定された時間までに到着しなければ、いったいどうなることか――


『止まれ』


「!」


『右手をご覧ください』


「右手……!」


 俺の右手……。


『そうではない。右に顔を向けるのだ』


 右を向く。横断歩道の前で足をぷるぷる震わせているおばあさんがいた。杖をつき、重そうな荷物を抱えている……。


『その老婆を助けるのだ』


「はあ、はあ、はあ……」


 この声の主はどこからか俺を見ている……。

 正直老婆に構っている余裕はないのだが、指示に従わなければどうなることか。走ってもいないのに呼吸が荒い。


「ありがとうねぇ」


「いえいえいえいえいえ」


 老婆を助けた。


「これ、大したものじゃないけど……」


 老婆から一凛の薔薇をもらった。


「…………」


 ほっこりした。


『さあ、移動を再開するのだ』


「はあ、はあ、はあ……」


 ほっこりしている場合ではなかった。




                   ■




 ――どうしてこんなことに……。


 今日は卒業式――三年生が卒業する。

 三年の先輩とは、今日で最後だ。


 想いを伝える勇気はなくても、せめて先輩にお別れを言いたかった……。


『さあ、次の目的地はあそこだ』


 頭のなかにイメージが浮かぶ。東奔西走し、薔薇やら百合やらいろんな人を助けお礼にお花をもらいすっかり腕のなかがお花畑になった俺に、今度は自宅からほど近い距離にある公園へ行けという指示が下った。


(いったいこいつは……こいつら? は何がしたいんだ……?)


『お前は何も考えなくともよい。ただ、我々の指示に従うだけでいいのだ……』


 まるでラジコンになった気分だ。使い走りだ。俺は地球の花のサンプルでも集めさせられているのか。


(いつの間に脳にチップを埋められたんだ……俺はこれから先どうなってしまうんだ……)


 公園に辿り着く。ここまで早歩きできただけなのに、不安のせいか胸は苦しく息は荒く、すぐには顔を上げることが出来なかった。


『ここで休憩しよう』


「休憩……?」


『…………』


「あ、あの……?」


 頭のなかから声が消えた。指示待ち人間と化していた俺は突然の事態に戸惑うしかない――



「あれ?」



 ふと、聞き慣れた声がした。


 顔を上げると、公園のブランコに先輩の姿があった。


「せ、先輩……? なぜここに……? 卒業式は――」


「うーん、まだちょっと学生気分でいたい、みたいな? そういうキミこそ、どうしてここに? ……花束なんか持って……」


「え? あ、いや――これは成り行きでそうなったというか――」


 まさか――


(宇宙人さん、俺のために……?)


 頭のなかに返事はない。


(しかし俺はどうすればいいんだ……? 成り行きとはいえ、花束持って現れるとか――やるここといえば一つしか思いつかないが、さすがにちょっとストーカーじみてないかこの状況?)


 先輩は黙って俺を見つめている。俺は頭のなかに指示が来るのを待っている。

 このままではらちが明かない――




                   ■




『地球人類による恋愛リアリティショー、走り出した恋心の行方は如何に』


『決してヤラセではありません』


 次回の配信をお楽しみに。



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戦車とラジコン 人生 @hitoiki

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