佐川メイの独走

 当たり前だが、彼女が居なくなったところで大会は中止になったりしない。


 彼女の葬式から一か月ほど経って、また別の大会の日がやってきた。全国ではないけど、本当ならサキも出場していた大会。


 今日もいつも通り起床して、いつも通りウォームアップをし、いつも通りにスタートラインについた。


 周囲を見回す。当然ながらサキは居ない。いるのは有象無象だけ。


 私も含めて。


 パン、と号砲が鳴る。


 何も考えず、無心で足を動かす。当然のように第一集団を抜けだして独走する。


 前に誰もいない。誰の背中も見えない。


 当然だ。私はサキ以外には負けない。サキはもう居ない。だから私は誰にも負けない。


 誰の背中も見えない。


 20km地点。後続はどうやら遥か後方。ふと雑念が頭に浮かんだ。


―――結局、私は何なんだろうか。


 ずっと一位になりたかった。一位になれば、誰にも代わりのできない存在になれるっと思っていた。


 でもいま一位として独走していて、満足感はこれっぽっちも無い。


 私は一位になることができてしまった。一位だったサキは、二位だった私に取って代わられた。当然だ。一位が消えたら二位が一位になる。


 だから一位は、別にかけがえのないものでも無二のものでもない。


―――じゃあ、私は何になりたかったんだ。


 その答えを、私はもう知っている。


 私はサキになりたかった。無二のものになりたかった。この二つは同義だ。私にとって、かけがえのないのは、無二なのは、サキだけだったから。


 でももうサキは居ない。この世にはもう、どっかに代替品があるものだけになってしまった。遥か後方を走る有象無象たちのような。代替わりし続けるジェームズ・ボンドのような。


 一か月遅い涙がこぼれた。いつも通り拳を握って感情をリセットしなければ、―――いや、しなくていい。どうせ私は勝つ。泣こうが泣くまいが、私はもう負けることはない。


 25km地点。前には誰もいない。静かに涙を流しながら、ただ走る。


 30km地点。前には誰もいない。


 30km地点。前には誰もいない。


 40km地点。前には誰もいない。


 淡々と風景は後ろに流れていく。当然ながら私は立ち止まることも振り返ることもなく、ランナーとして最善の速度で走る。


 ゴールテープを切る。勢いのまま数歩走って、そのまま止まることなく、休憩所に向かって歩く。


 こんど花を供えにいこう、と思った。


 一位はもう、彼女ではなく私になった。それでも彼女は、私の中で唯一の存在だ。きっと順位など関係なかったのだ。


 順位が関係ないなら、二位だった私も彼女にとって無二だっただろうか。そうだったらいいな、と思う。どちらにせよ、今の私は無二でもなんでもない、ただの一位なのだろうけど。


 こんど花を供えにいこう、と思った。


 白い菊なんかじゃなくて、そう、―――サキに似合う真っ赤な花を、彼女に贈ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無二のあなたに いとうはるか @TKTKMTMT

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ