巡礼旅行~ニホンへ来ました~KAC2021走る作品

タカテン

チトパンから来た青年

 タイとラオスに挟まれた小国チトワン。

 その隣のもっと小さな国・チトパン王国が、チューチンの生まれ故郷だった。

 

 チトパン王国の人々は貧しくも心は未来への希望に溢れ、努力を惜しまず、誰もいつかは俺もビッグになって故郷に錦を飾るのだと夢を抱いている。

 そんなチトパン国民の中でも、とりわけ若者たちに人気のある夢が遥か極東の島国・日本への巡礼だ。

 日本、それは憧れの国。その技術、その文化、その歴史、その精神にチトパンの人々は深く心酔している。

 車は言うまでもなくダイハツ・ミゼット。

 ゲーム機はセガ・メガドライブ。

 ビデオデッキやCDコンポはアイワ一択で、J-POPのCDをマクセルのハイポジに録音するのがチトパンのイケてる若者像である。

 

 そしてチューチンもまたそんな日本に子供の頃から憧れ、ついにこの日、愛車ホンダ・スーパーカブと共に日本の地へやってきたのであった。

 

「バイクはちゃんと盗難品です!」

「……は?」


 元気に答えるチューチンに、入国管理官は戸惑いを隠せなかった。

 

「あ、ボクの日本語、ヘタだったですか?」

「いえ、日本語そのものはとてもお上手だったのですが……すみません、もう一度言ってもらえますか?」

「バイクは盗難品です!」


 またしてもチューチンはにこやかに物騒なことを言ってのける。

 

「盗難品……と言うのはつまり、盗んだということですか?」

「モチロンです!」

「どうしてそう自信満々なんですか!? 犯罪ですよ、それ!」

「いえ、チトパンでは盗んだバイクこそ由緒正しいバイクなのです」

「物騒な国ですね!」

「物騒? いえいえ、これこそ日本が生んだスーパースター・ユターカオザーキの教えです!」


 そう言ってチューチンは突然「盗難品のオートバイで走るのさーと歌い始めた。

 

「この曲、チトパンで大流行しました! 流行りすぎて、みんな争うようにバイク盗みました。結果、国もバイクだけは盗むのを許可することにしましたね。なので今ではバイクはみんな盗む。逆にバイクを買うとチトパンでは罪になります」

「無茶苦茶じゃないですか!」

「でもチトパン、これでどんな貧乏人もバイクに乗れるようになった。ホントユターカオザーキには国民みんなが感謝してる」

「ええっ? まぁ、結果オーライって感じなのかな」

「それに夜の校舎は窓ガラスを割りまくるのも法律で認められたね。おかげでボクのガラス屋ウハウハの丸儲け!」

「それは認めちゃいけない奴でしょ!」

「ホント、ユターカオザーキって神!」


 チューチンがその場に跪いて神・ユターカオザーキに祈りを捧げた。


「ちょっとちょっと! こんなところで祈りを捧げないで。後が閊えてるんだから! で、何、日本にやって来た理由は何?」

「うん。チトパン、貧乏だから道はどこも舗装されてない砂利道ね。だからボク、一度日本のアスファルトで舗装された道を思い切りバイクで走りたかった!」

「それが理由?」

「うん。ボク、アスファルトを切りつけるように走りたい!」

「ちょっと! いきなり違う曲になりましたけど!?」

「それで恋人とヘルメットをぶつけ合いたい!」

「それ、恋人同士の合図!」

「あと、大勢で爆走したい!」

「そんなのはダメだよ! ちゃんと日本の交通ルールを守って!」

「そんな! 爆走スランプも歌ってたのに! 走れ、走れ、オマエらって」

「そんな暴走族みたいな歌じゃないからそれ」


 やたらと日本の80年~90年代の音楽に詳しい(ちなみにチトパンでは最新J-POPである)チューチンに、入国管理官もそろそろ疲れてきたので入国目的は観光でいいかと判断を下そうとした。

 その時だ。不意にチューチンが呟いた。

 

「あと、バイクにいっぱいコカインを詰め込んできたね!」


「……は? 今なんと?」

「はっはっは。リンランリンラン魚肉ソーセージ、ハイハイ、ノットハムカツねー♪」


 そしていきなり歌い出す。


「おい、胡麻化すな! 今、コカインを運んできたって言ったよな!?」

「そんなこと、ボクはぜーんぜん言ってないよー♪」

「ウソつけ!」

「ヘーイヘイ! オチはもうー♪ 分かるはずさー♪」

「……おい、ちょっと待て。まさか、走れ真人間ってオチ!?」


 おあとがよろしいようで。チャカチャンチャンチャン

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