日の出で走って

豊科奈義

日の出で走って

「ありがとうございました」


 太陽が地平線から顔を覗かせ始めた頃、三田はコンビニを出て月が沈もうとしている西へと歩み始めた。三田は近くの高校に通う一年生である。

 しかし、いじめはなかったもののクラスに馴染むことができずそのまま引きこもってしまっている。どうにかしなければならないと思いつつも、結局何もできないでいた。


「はぁ……」


 行動力のない自分自身に嫌気が差し、三田はため息をつくと海の見えるガードレールに肘を乗せた。

 そして地面を見れば、アオダイショウがトカゲ二匹を捕捉している。しかし、アオダイショウがどちらを襲うか迷っている間にトカゲは一目散に逃げ出していた。


「はぁぁ…………」


 三田はそのアオダイショウが自分を俯瞰しているようで、さらに自分自身に嫌気が差しため息を深く、長くついた。

 その時だった。三田の真横に女性が飛び出してきたのは。


「きゃあっ!」


 その女性は、三田を追い越そうとするなり眼の前にいたアオダイショウに目を見開き大声で叫ぶとそのまま尻もちをついた。

 アオダイショウも驚いたようで女性を一瞥するとそそくさと茂みの中に入っていった。

 三田は、女性の方を見た。

 絹糸を彷彿とさせる肩までかかるセミロングの濡烏の髪を持つ同年代の女性だ。そんな美しい彼女に、三田は既視感を覚えた。


「あなた……三田くんよね?」


 三田が女性の名前を当てる前に、女性は息を切らしながら三田の名前を当ててみせた。アオダイショウがいなくなったことにより余裕ができ辺りを見回していたのである。


「え、あ、はい。ところで、どこかでお会いしましたっけ……?」


「え? もしかして、クラスメイトの名前も覚えてなかったの?」


 三田は現在不登校になったとはいえ、不登校になったのは10月からだ。半年かけてもクラスメイトの名前を覚えていない三田に、女性は怒りと呆れを覚えた。


「え、その、なんか、すみません」


 三田はわけもわからずたどたどしい日本語で謝罪する他なかった。


「私の名前は杉崎。陸上部だから朝練してるの」


「そーなんですか」


 三田には理解できないからこそ、軽薄に答えた。なぜ苦しい思いをしてまで走る必要があるのかと。


「なんか一気に興味失せたみたいね」


「そりゃ、何で苦しい思いをしてまで走る必要があるのかと」


「……苦しいからよ。走って苦しい間は、何も考えなくていいから……」


「……」


 杉崎は思いつめたような顔をしていた。だが何について悩んでいるのかはわからない。

 とはいえ、三田は不登校をどうにかしようと思ってもどうにかできないということに日夜悩んでいる。少しでもこの苦しさから逃れられるのであればと思うと、走るという行為が魅力的に見えたのだ。


「三田くんも何か悩んでいるの? だったら走ればいい。それじゃ、私は行くから」


 そう言って杉崎は東の方角へと走っていった。



 翌日、三田は靴箱の奥に眠っていたスニーカーを履いて近所を走っていた。元々運動音痴な三田には、杉崎ほどの速さで走ることなど不可能だった。おまけに長い間不登校。陸上部だったら一分立たず置いてけぼりになるような速度だが、三田は必死に走っていた。


「はぁ……へぇ……」


 だが、必死に顔を出した太陽を追いかけているものの体力は限界だった。


「休んだら? 三田くん」


 突如三田の服が後ろに引っ張られ尻もちをついた。三田の服を引っ張ったのは昨日会った杉崎である。


「まさか本当に走ってるとは」


 杉崎は興味深そうに三田の顔を覗く。

 三田は何か言いたげだが、息切れがひどくそれどころではない。


「体力に合ったのを走れば? この様子じゃろくに外に出てなかったんでしょ。無理して走んなくてもジョギングでもウォーキングでもいいんだから。少しずつ始めたら?」


「そっか……そうだよね……」


 三田は自分を変えたい一心で、細かい部分まで見えていなかった。どうして自分はいつもこうなのかと、また自分を責め俯いた。


「三田くんは、その悩みを考えないために走るんじゃないの? 私が見ててあげるから、行くよ。着いてきて」


 そう言うと、杉崎は三田の腕を掴み走り出した。走ると言っても、かなり遅めのジョギングで三田に合わせたものだ。


「……こんなことしていいの?」


「たまには基礎トレーニングも悪くない。というか、そんなこと考えない」


 杉崎は三田の腕を強く引っ張ると同時に速度を上げた。


「ぜぇ……ぜぇ……」


 三田の呼吸音を、一定のリズムと大きさを保ちつつ三田たちは海岸を走り続けた。

 三田からして見れば、呼吸が苦しいし正直脚も突然の運動に悲鳴を上げているだろう。だが三田の顔色は満足気だった。


「あそこまで走りきろう」


 杉崎は岬の先端を指差し、ラストスパートとばかりに二人は脚を早める。当然杉崎が先に到着し、三田の到着を待つ。


「はぁ……へぇ……ぜぇ……」


 三田は大きな呼吸音を立てつつ、岬の先端に到着しそのまま仰向けに倒れ込んだ。


「どうだった? 走るの、嫌い?」


「はぁ……はぁ……。嫌いじゃ、ないです……」


「なら良かった……。でね、三田くん。お願いがあるの」


 三田は倒れながら杉崎の方を振り向く。


「その……。私ってね、こう見えて友達がいないんです。だから……。私と友達になってくれませんか?」


 遮るもののない昇りかけていた太陽をバックに、杉崎は恥ずかしそうに告げ右手を三田に差し出した。


「僕で良ければ……」


 その神秘的な光景を見たせいなのか、自然に三田は呟いていた。その瞬間、杉崎の顔が明るくなった。


「ありがとう……三田くん」


 満面の笑みを見せられたその時、三田は決意した。再び、学校に登校しようと。

 三田の心に電撃がからだった。

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日の出で走って 豊科奈義 @yaki-hiyashi-udonn

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