走ってキメようストロングゼロストロング
あかさや
定時上がりにはこれをキメよう
「お疲れさまでした!」
定時になると同時に、俺は挨拶もそこそこにパソコンの電源を落とし、帰る準備を始める。
なにしろ今日は給料日で金曜日だ。こんな日は定時で帰るのが当然というものだろう。まあ、大体いつも定時で帰ってはいるのだが、給料日でなおかつ金曜日はなかなかないスペシャルデーだ。たぶん、プレミアムフライデーよりはレアだろう。あれは毎月あるようだし。とはいっても、うちの会社は月一で早く帰れるより、毎日定時で上がれるほうがいいだろうという方針なのためプレミアムフライデーの運用はしていないので、俺自身は経験したことは一度もないのだが。
足早に会社を出た俺は、鞄を肩から下げて俺は走る。最近の新型ウイルス騒ぎのせいでマスク装着をしているせいで、普通より疲れる――ような気がする。ただの運動不足かもしれないが。
せっかくの給料日だし、ちょっと奮発したものを買ってみるのもいいかもしれない。なにがいいだろう? 普段の俺があまり手に取らないようなものを買ってみるのがいいかもしれない、なんてことを走りながら思った。
最近はだいぶ温かくなってきたせいか、少し走るだけで汗ばんでくる。常にマスクを装着しているというのもあるのだろう。これから暑くなっていくので、またあの暑い時期にマスクを常につけていないといけないと思うと、少しだけ気分が滅入るような気がした。
俺の家は会社から徒歩で十分のところにある。二年くらい前に異動で配属になった事業所が都心ではないところだったので、近くに引っ越したのだ。日常生活で不便なこともなく、それなりに電車の便もいいので、なかなか悪くない。平日もギリギリまで寝てられるというのも非常に嬉しいところである。
職場と自宅の代替中間のところにある大通りの信号が赤になり、行く手を阻まれた。ちょうど息が切れてきたところだったから助かった。走っているときよりも、止まってしばらくしたらさらに暑くなってくるのは何故なのだろう? 汗ばんで身体が痒くなったりするからあまり好ましくないが、文句を言ったところでどうにかなるものでもない。信号が赤の間に息を整えるのだ。
そうしているところに――
ふと、大通りの横を見ると、その先に見慣れない店があった。あんなところに店なんてあっただろうか? ふと気になって、俺はそっちへと足を運んでみた。そこにあったのは、いまとなっては非常に珍しくなった酒店。
「酒か……」
酒はあまり飲む方ではないが、たまにはいいかもしれないと思った。酒店なら、コンビニやスーパーにはない珍しい酒も置いているかもしれないし。とりあえず、入ってみることにした。
自動ドアが開き、店の中に入る。店は弱めに暖房が入っているせいか、さっきまで走ってきた俺には少し暑かった。しばらくすれば慣れるだろう。店の中を適当に見渡してみる。
その店にある酒は、どれもこれも見たことないものばかりだった。いや、正確に言えば、どこかで見たことがあるが、それではないものばかりというほうがいいかもしれない。パクリ商品ばかりおいている店とは珍しい。そういうのもあるのか。
「お」
冷蔵ケースの中に、ストロングゼロストロングというパッケージが見えた。冗談みたいな名前の酒である。
これを買ってみよう。直感的にそう思った。馬鹿みたいな名前をしているので、どんなものか気になったのだ。
冷蔵ケースからとりあえずロング缶を二本取り出した。まずかったら二度と買わなければいい。べらぼうに高いということもないだろう。俺は店主らしき年齢不詳な男が座っているカウンターへと向かった。ロング缶を二本、カウンターに置く。
ストロングゼロストロングは名前以外は別に値段も普通だった。俺は財布から金を取り出して支払う。
「お兄さん、あんたこの店初めてだよね?」
不意に店主に話しかけられて、俺は「ええ」と答える。
「初めてきた客には割引することにしてるんだ。安くするよ」
店主はそう言ってレジを操作し、二十円ほど値引きしてくれた。それを断る理由などどこにもない。ちょっと得ができて嬉しかった。独身の独り暮らしなので、細菌は比較的暮らしには余裕があるが、値引きしてくれるのはいつになっても嬉しいものだ。
「まいど」
支払いを終えると、店主はそう言った。俺はストロングゼロストロングが入れられた袋を受け取り、店をあとにする。
俺は再び走り出した。早く帰りたかったというのもあるし、なにより、いま買ったストロングゼロストロングを飲むのなら、もっと走って少しでも身体を疲れさせたほうがうまく飲めると思ったからだ。
運がいいことに、今度はすんなりと大通りの横断歩道を渡れた。あとは特に足を止められるような場所はない。
しばらく走ったところで、自宅であるマンションに辿り着いた。あとは俺が住んでいる五階まで上がるだけだが――
「喉が渇いたな……」
そう思った俺は直後、袋からストロングゼロストロングを取り出し、プルタブを開けて――
一気にそれを流し込む。
「……うまいな」
ストロングゼロのような味だが、ストロングゼロより明らかに美味い。なんだこれは。こんな酒を飲んだのは初めてだ。走って息が切れているいまの俺には、とてつもなく沁みる。
ストロングゼロストロングをさらに流し込む。外で酒を飲むのはどうかと思ったが、それすらも気にならないくらい美味だった。手が止まらない。飲めば飲むほど、もっと飲みたくなる。
「うおおおおお!」
一分とかからずストロングゼロストロングのロング缶を飲み干した俺は、他人の迷惑を顧みずに叫び――
もう一缶のストロングゼロストロングを開けて――
そのままどこか全速力で走り始めたのだった。
走ってキメようストロングゼロストロング あかさや @aksyaksy8870
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