ラン・オア・ラン
さかたいった
私・道・走る
初めは何もない荒野だった。
建物もなければ木も生えていない、寂れた大地をただ走っていた。
乾いた空気が肌を刺し、喉の潤いを奪っていく。徐々に足は重くなり、痛みという警告をもって訴えかける。
それでも私はただ前を向いて走った。休むことなく走り続けた。先の見えない道を、ただひたすらに。
いつしか私は街の中を走っていた。人々の営みの合間を縫って走っている。
歩道を走り、車道との境界のない道を走り、ビルの間を抜け、商店街を走った。
ふと気づくと、自転車を漕いでいる禿げ頭のおっちゃんが私の隣を並走していた。
おっちゃんは私に尋ねた。
「きみはどうして走っているんだい?」
私は答えた。
「走ることが気持ち良いからさ」
「そうか」
自転車に乗ったおっちゃんは満足気な表情を浮かべた。
私は走った。ただ前を向いて。
いつしか私は森の中を走っていた。
生い茂る木々。土と緑の匂い。爽やかな空気。
私の走りはノッていた。このままどこまでも走り続けられそうだ。
ふと気づくと、私の横を牡鹿が走っていた。私のペースに合わせてぴったりくっついてくる。
牡鹿は私に尋ねた。
「あんたはどうして走ってるんだ?」
私は答えた。
「そこに道があるからだよ」
「そうか」
牡鹿の走る姿はかっこよかった。でも不格好でも、私は走り続けた。
いつしか私は海中トンネルの中を走っていた。水中を半円状に貫いたトンネルを走っている。
たくさんの魚が見えた。クラゲにタコ、サメやクジラまでいる。私は魚たちに囲まれて道を走った。
ふと気づくと、巨大なマンボウが私の走りに合わせて泳いでいた。
マンボウは私に尋ねた。
「あなたはどうして走っているの?」
私は答えた。
「この先に何があるか知りたいからだよ」
「そう」
マンボウはその平たい顔で小さく頷いた。
私もたまには泳ぎたいと思ったが、それでも私は走った。
道はまだまだ終わらない。
いつしか私は墓場を走っていた。月夜の薄暗い墓場をだ。
気温のわりに、なんだか寒気がする。夜の墓場なんて走るもんじゃない。それでも私は墓石の間を走っていった。
後方から、何か重いものが動いた音、倒された音が響いてきた。
私は前を向いて走り続けたが、グチョグチョと気味の悪い音が背後から近づいてくる。
ふと気づくと、私の隣を片方の目玉が眼窩から垂れ下がった全身ただれた皮膚のゾンビが並走していた。体をふらふらと左右に揺らし、おぼつかない足取りながらも私についてくる。
ゾンビは私に尋ねた。
「グギュギュ。ぎ、ぎ、ぎみば、ど、どうじではじっでるのがななな?」
私は答えた。
「叶えたい願いがあるからさ」
「ぞ、ぞ、ぞうがい」
前方に伸びる道の路肩の土中から、たくさんのゾンビが這い出てきた。
私はゾンビたちを引き連れて走った。
輝く月が道の先を綺麗に照らす。
いつしか私は雲の上を走っていた。ふわふわで走りにくいが、転ばないように気をつけながら私は走った。
足元に広がる白い雲の他には、青い空と、照りつける太陽。空の旅は意外と退屈だ。
ふと気づくと、私の横を飛行機が飛んでいた。普段みんなが利用するようなでっかいやつだ。私は飛行機の翼の下すれすれを走っていた。
飛行機は私に尋ねた。
「ハッハー。ユーはどうして走ってるのさ?」
私は答えた。
「走ることに意味があるからさ」
「オーマイゴッド!」
飛行機のエンジン音が煩いので、私は飛行機に早くどこかへ行ってもらいたかった。
それでも私は走り続けた。
雲の道が、虹に変わった。私は虹の橋を渡っていく。
虹は少しずつ、少しずつ、上へ向かっている。私は空よりさらに上へ向かって走った。
いつしか私は宇宙を走っていた。真っ黒のキャンバスに幾千の星々が瞬いている。
私の進行方向の先に、銀色のUFOが不可思議な飛び方をしてやってきた。UFOの扉が開いて、宇宙人が下りてくる。グレイタイプの宇宙人だ。
私がUFOの横を通ると、宇宙人も一緒になって走り始めた。
宇宙人は私に尋ねた。
「キミハドウシテハシッテイルノダ?」
私は答えた。
「答えを知りたいからだよ」
「ソウナノカ」
私は宇宙を走った。どこまで続くかわからない広大な宇宙を、ひたすらに走り続けた。
いつしか私は暗闇の中を走っていた。
何も見えない。
何も聴こえない。
それでも私は走っていた。
ふと気づくと、私の横を私が一緒に走っていた。
私は私に尋ねた。
「きみはどうして走っているの?」
私は答えた。
……いや。
私はただ前を向いて走った。
暗闇の先に、微かな淡い光が見えてきた。
私はその光に向かって走った。
走った。
走った。
走った。
私は、ただ走り続けた。
ラン・オア・ラン さかたいった @chocoblack
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