走れカラス

富士蜜柑

走れカラス

『カラスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した。

カラスには政治がわからぬ。

カラスは、村の一匹の鳥である。

空を飛び、友人と遊んで暮して来た。

けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。


きょう未明カラスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた隣町にやって来た。明日未明からこの町で行われるという、町一周スピード対決にやって来たのだ。

歩いているうちにカラスは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。

もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。

のんきなカラスも、だんだん不安になって来た。

路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈だが、と質問した。

若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。

老爺は、やっと思い口を開いて答えた。

「何人かの鳥が、王によって羽をもがれました。醜い羽は仕舞えというのです。

 その話を聞いた街の者どもは、一斉に家にこもってしまって、この有様でございます。」

カラスは老爺に礼を告げると、怒りを胸のうちに秘め、王宮へと急いだ。


「王よ!一体これはどういうことか!」

王宮へと乗り込んだカラスは、孔雀王へそう叫んだ。

「なんだ。醜いカラスよ。貴様も羽をもがれたいのか」

「どうして我々の命である羽をもぐのか!正々堂々勝負させてくれれば良いではないか!」

「黙れ。羽をもがれた程度でレースを辞退するのであれば、そもそも参加しなければ良いではないか。貧弱なのだよ」

王は一向にカラスの話を聞き入れようとしない。

カラスは段々といらいらしてきた。

「ならば私がレースに参加して、優勝した暁には、全ての鳥たちに謝罪してもらおう!」

「ふむ、面白い。よいだろう」

「おい、こやつの羽をもげ。ただし片翼だけだ。その方が面白いだろうからな」

王はそう言い残し、奥へと消えた。

「あ゛ぁぁ」

カラスの怒りで痛みを堪える声だけが王宮に響き渡った。


その日の未明。

「では、これよりレースを行う。参加者は位置につくように」

レース開始の合図が街に響き渡る。

カラスはそれを合図に、飛び上がると、宿を出た。


「おいおい、お前さんその身体でレースに出るつもりかい」

スタートラインに立っていた、鷹がカラスの容体を心配する。

「ああ、私は絶対に勝たなければならないのだ。王を見返して、謝罪させるために」

「そうか。がんばれ。応援してるよ」

鷹はそう言い残し、王者の風格を漂わせながら、進んでいった。


続々と鳥たちが集まってくる。

「では、これよりスタートします。それぞれ、位置について。よーい、どん!」

開始の合図と共に、一斉に鳥達が羽ばたき始めた。


「はぁ。はぁ」

他の鳥たちが一斉に勢いよく羽ばたいていく中、カラスだけは一羽地面を走っていく。

一生懸命に短い脚で、地面を蹴って進んでいく。


「はぁ。はあぁ。あっ…」

街を出て、野原へ出て、走っていたところで、大きい石につまづいて転んでしまう。

「くっ…」

転んだはずみに、包帯で縛っていた片腕から血が出る。

「あーっと、ここで2位以下と圧倒的な差を付けて、鷹がゴールに迫っていく!

 最下位のカラスは未だスタート地点近く。その差は圧倒的です!」

実況が悲痛な現実をカラスに突きつける。

「やはり飛ばずに勝つなど無理だったのか…」

がくりと、カラスは大きく肩を落とした。


「お前、大丈夫か?大丈夫じゃないよな?」

と、不意に頭上からカラスに声をかける鳥がいた。

「鷹…」

「お前、もう棄権した方がいいんじゃぁないのか」

鷹がカラスに優しくそう告げる。

「だが、私は優勝しなければならぬ!絶対にだ!」

カラスはそう血を滲ませながらそう叫んだ。

「…そうか。お前の覚悟は本物なんだな」

鷹はそう言うと、大きな翼をばさりと広げた。

「乗れ。俺がお前をゴールまで連れて行ってやる」

「鷹…」

「いいから黙って乗れ!この負傷者が!」

「すまない、助かる」

「ではいくぞ、最速で行くから落ちるなよ」

そうして、鷹はカラスを背中に乗せると、大空へと勢いよく飛び立った。


「よし、ここで降りろ。

 残りの地面のつくまでは、その片翼で滑空しろ」

「了解」

「健闘を祈る!またな!」

そう言って鷹はカラスの首元を咥えると、ゴール方向へ向かって一気に投げた。


「先頭集団までの距離10メート弱。ゴールまであと100メートル。

 これなら勝てるだろ。勝てよ、カラス。お前の頑張る姿は美しいさ」

そう言い残して、鷹はゆっくりと空を飛び始めた。


「うおぉぉぉ」

カラスは雄叫びをあげると、身体を弾丸状に細めて凄まじい速度で飛んでいく。

「な、なんだあれ…、うわぁぁ!」

前を飛んでいた鳥たちを吹き飛ばす勢いで、宙を勢いよく滑空していく。

「ああっと!ここで先頭に躍り出たのは先ほどまで最後尾にいたカラスだぁ!

 ゴールまであと10メートル!5メートル!」

実況の叫ぶ声に熱がこもる。

「今勢いよくゴール!」

実況の声と共に、周囲からは大きな歓声が上がった。


カラスは、片翼で器用に空をカーブしながら飛ぶと、砂埃を立てながら綺麗に着地した。

ゴールしたカラスを追うように、続いて鷹がゴールする。

地面に降り立ったカラスは鷹の元へと歩み寄る。

「ありがとう、友よ。」

二人同時に言い、ひしと抱き合い、二人笑い合った。

群衆の中からも、歔欷の声が聞えた。

孔雀王は、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。

「おまえらの望みは叶ったぞ。おまえらは、私の心に勝ったのだ。

 信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。

 どうか、私をも仲間に入れてくれまいか。

どうか、私の願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」


 どっと群衆の間に、歓声が起った。

「万歳、王様万歳。」

 一匹の雌雀が、緋のマントをカラスに捧げた。

カラスはまごついた。友は、気をきかせて教えてやった。

「君の腕は血だらけじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、君の痛々しい腕を、皆に見られるのが、たまらなく可哀想なのだろう」

 カラスは、ひどく赤面した。』


そんなお話があるとかないとか。

おしまい。

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走れカラス 富士蜜柑 @fujimikan

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