走る、走る、走る、走る!走って……来たのに!

黒銘菓(クロメイカ/kuromeika)

第1話

 『私は今まで力の限り走ってきました!


 元々、不器用で真面目にやっても何事も上手くいかず、失敗ばかりで誰も相手にしてくれないという人生でした。

 最初、『今回も、上手くいく事は無いだろう』と、思っていました。

 だから、私は自分の諦めを殺す為、決心したのです。『ここでもし、失敗する事や、逃げようとしたら、その時、私は死ぬ。』と。


 己が己に課す約束。

 契約書も無い、傍から見たら強制力は無いその約束で私は私を縛りました。

 故に、私は死力を絞り尽くして走って来る事が出来ました。

 最初は先輩方や同業者のやり方を真似ていました。

 それでも不器用。他の方の様に巧くは進みませんでした。

 数をこなし、沢山の方に数多のご迷惑をかけ、そうしてやっと皆さんと同じ視座に喰らい付けた……と思った時には既に時代は先を行き、今まで必死で得て来たものは無意味になりました。

 積み上げて山にした塵芥は、風に吹かれて塵芥に逆戻り。

 心には何も残りませんでした。強いて挙げるのならば虚無が残りました。

 『逃げ』の二文字が頭をぎりました。

 しかし、ここで諦めては今までの私と同じ、また同じ、無意味な毎日が始まるだけ。

 奮起。逆風吹き荒れ、誰もが認めてくれない茨の道を駆け抜ける事を選びました。


 私は不器用。皆が習得する様に習得しては、決して追いつく事は出来ない。

 『持ち味を活かす』それが私に出来る最善手であると考えました。

 不器用、故にそれを補おうと脳が収拾した智慧の数々。それらが自分の意志と全く関係無く脳内を走り回り、ぶつかり、切磋琢磨され…………電撃が走ったのです。

 時代に追いつけないのであれば、私が時代を切り拓けば良いのだと………。


 私が0から考え、生み出し、私の出来る事で組み上げた全く新しいアプローチ。

 他の誰よりも私が得意とする手法を作れば良いのだと。

 そして、同時に。供給をより効率的にする為に、需要を増やす方法さえも確立出来たのです。

 私は方々を駆けずり回り、この方法を広めていきました。

 そして、この手法は同業者、先輩、後輩、商売敵、客の全てが目を見張り、ニュースにまでなったのです。

 この時、私は自分の成功の味を初めて味わいました。

 ここまで成功の味とは暴力的で、刺激的で、倒錯的で、蠱惑的だったのだと……知りました。

 しかし、そんな日々も長くは続きませんでした。

 私の確立した手法を商売敵が分析し、時代が手法に追いついて来たのです。

 それまでの未知、目新しさ、意外性…………すべてに対応し、今や私の手法は手垢の付いた旧時代の遺物となってしまったのです。

 誰も彼もが驚かず、淡々と分析し、的確に処理する…………。

 なんと虚しい事か。

 なんと悲しい事か。

 なんと悔しい事か。


 そうして今、追いつかれてしまった私はここに居ます。

 最早打てる手は無い。決して。

 商売敵の方が一手も二手も上手だった訳です。


 虚しく、悲しく、悔しい。それは真実。

 しかし、心地好かった。

 一時のスポットライト、先輩や後輩、同業者の智慧から全く新しいものを生み出した時の快感、商売敵にそれを破られた時の刺激的な感覚。

 底辺で燻っていては得られなかった経験が………得られたのです!


 私は胸を張ります。今まで止まらず走り続けて、ここまで辿り着いた事を!』



 『はーい、2021/3/12/11:45:50。窃盗の容疑で逮捕ね。

 格好つけても、盗みだからね?良い事っぽく言っても犯罪だからね?』

 手錠が音を立てて両腕に噛み付いた。

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走る、走る、走る、走る!走って……来たのに! 黒銘菓(クロメイカ/kuromeika) @kuromeika

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