ハーフアンドハーフ
そうま
第1話 ハーフアンドハーフ
……いつの間にか寝ていたようだ。
私はソファの上で大きく伸びをした。
玄関の方から男の声がする。
「……こんにちはー、ピザハットトリックです。××さんいらっしゃいますかー?」
目をこすりながリビングのドアを開け玄関に向かうと、ピザの配達だった。
手際よく会計を済ませ、配達員を見送りドアの鍵を閉める。
温もりが残る平たい紙箱のフタを開けると、たちまち香ばしい薫りが立ちのぼり、ピザが姿を現した。
円をちょうど真っ二つに分かつように、シンプルなマルゲリータと磯の彩り豊かなシーフードがトッピングされていた。
妻は頻繁にピザを頼んでおいしそうに食べる。私はそこまで好きでもないが、妻の幸せそうな顔を見れるので、特にいうことはない。
私はキッチンのテーブルに箱を置き、腰を下ろした。食欲をそそる匂いが部屋中に広がる。何も考えずにフタを開けた。気づいた時にはマルゲリータを一切れ食べてしまい、五分後には円の半分がなくなっていた。
やってしまったな……。私は寝室の妻に「ピザ来たよ」と時差を無視した報告をした。ドアの向こうから返事はない。
夜勤明けで疲れているのだろう。目を覚ました彼女がこの芳しい香りに気づき、上機嫌に箱のフタを開けた途端怒り狂う未来が容易に想像できたので、私は外出することにした。スマホをポケットに突っ込み、玄関の鍵を閉め、私は逃げるように本屋へ向かった。
夕方。
帰宅した私は鍵を開け、リビングへ。
キッチンは私が出かける前のままだった。
紙箱のフタを開けると、すっかり冷えて固まってしまった、半分のピザがたたずんでいた。
もう何時間も経っているはずなのに、彼女はまだ起きていないのか。
私は寝室に向かった。ドアを叩いて、「ピザもう冷えちゃったけど、大丈夫?」と聞いた。返事はない。
私は扉を開けて寝室に入った。
妻は顔を向こうにむけて、ベッドの中にいた。
「もう夜だよ、そろそろ起きて――」
妻の身体をゆすると、体は力なく揺れて――
とても冷たい。
「……は?」
首元をよく見ると、青黒く変色している。彼女の顔をこちらに向けると――苦悶で歪んだ表情のまま、真っ青に固まっていた。
死んでる。
頭が真っ白になった。そんな、バカな、何で――
視界がぐにゃりと歪んで、フローリングの上に膝から崩れ落ちる。ポケットの中をまさぐってスマホを取り出し、震える手で110をダイヤルした。
――○○警察署です。どうされました?
「つ、妻が!妻が……冷たく、死んで、死んでしまっていて、私も何がなんだか」
――落ち着いて下さい。名前、住所、今の状況をゆっくり話してください。
「わ、私は××です。住所は△△-△で」
――はい。
「本屋に行って、い、家に帰ってきたら、妻が……妻が何も返事がなくて」
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
『こんにちはー、ピザハットトリックです。××さんいらっしゃいますかー?申し訳ありません、さきほど配達した商品なんですけど、こちらの手違いで別のお客様の注文したものを届けてしまったみたいで――』
――もしもし、××さん。今からそちらに警官が向かいます。落ち着いて、家には誰も入れないでください。
電話は切れた。
壁にかかったモニターの向こうでは、『留守ですかー?』と配達員の緊張感に欠けた声が聞こえてくる。私は怒りと恐怖と悲しみとが混ざり合って、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
××さーん、と配達員はチャイムを繰り返し鳴らす。うっとおしかったが、追い返す気力も湧かなかった。そのうちいなくなるか、警官が来てなんとかしてくれるだろう。
壁のモニターが暗転して、配達員の声は聞こえなくなった。私はスマホでTwitterを開いた。何のためにそうしたのか――理由なんてない。何かで気を紛らわせていないとおかしくなりそうだった。脳が擦り切れて爆発しそうだった。
寝室に、私の乱れた呼吸だけが響く。スマホを置き、天井を見上げていると、玄関の方から物音が聞こえてきた。
警察?いや、通報してからまだ一分も経っていない。警察ってそんなに早く来れるものなのか?そんなことを考えていると――
……がちゃ。
玄関の鍵が開いた音がした。
「……なんだ。××さん、いらっしゃったんですか」
ハーフアンドハーフ そうま @soma21
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます